十二弟子の筆頭。本名はシモン。イエスを「キリスト」と告白し、イエスの死後はエルサレムの教会の中心となった。
- 訳文中の表記
- ペトロ、シモン、ケファ
イエスの十二弟子の筆頭に挙げられる人物である。本名はシモンといい、兄弟アンデレとともにガリラヤ湖の漁師だった。イエスは彼に、アラム語で「岩」を意味する「ケファ」という名を与えた。そのギリシア語訳が「ペトロ(ペトロス)」である。パウロの手紙では、主に「ケファ」の名で呼ばれる。
福音書の中で、ペトロは弟子たちの代表としてたびたび前に出る。イエスに「あなたはキリストです」と告白した一方で、イエスが逮捕された夜には、三度イエスを知らないと否認し、激しく泣いたことも記されている。ヨハネ福音書21章では、復活したイエスがペトロに三度「私を愛しているか」と問い、羊の世話を託す。
マタイ福音書16章では、ペトロの告白に応えて、イエスが「あなたはペトロ。私はこの岩の上に私の教会を建てます」と語る。この「岩」が何を指すかは、教派によって理解が大きく分かれてきた。カトリック教会は、ペトロとその後継者であるローマ司教(教皇)の首位権の根拠とする。一方、正教会やプロテスタントの諸教派では、ペトロの信仰告白、あるいはキリスト自身を指すと解することが多い。
イエスの死後、ペトロはエルサレムの教会の指導者となった。使徒言行録の前半では、五旬祭(ペンテコステ)に説教し、異邦人であるローマの百人隊長コルネリオに洗礼を授けるなど、中心的な役割を果たしている。パウロは、ユダヤ人でない信者と食事をすることをめぐって、アンティオキアでペトロと対立したことを記している(ガラテヤ書2章)。
伝承では、ペトロはローマで殉教したとされる。新約聖書には「ペトロの手紙」が二通収められているが、実際にペトロが書いたかどうかについては、研究者の間で議論がある。
主な登場箇所
- マタイ福音書 4:18
イエスはガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖に投網を打っているのをご覧になった。二人は漁師だった。
- マタイ福音書 16:16
シモン・ペトロは答えた。「あなたはキリスト、生ける神の子です」。
- マタイ福音書 16:18
私もあなたに言います。あなたはペトロ。私はこの岩の上に私の教会を建てます。死者の国の門も、それに打ち勝つことはありません。
- マルコ福音書 14:72
するとすぐに、鶏が二度目に鳴いた。ペトロは、「鶏が二度鳴く前に、あなたは三度、私を知らないと言う」とイエスが語られた言葉を思い出し、泣き崩れた。
- ヨハネ福音書 1:42
彼はシモンをイエスのもとに連れて行った。イエスはシモンをじっと見て言われた。「あなたはヨハネの子シモンだ。あなたはケファと呼ばれることになる」。「ケファ」は、訳すと「ペトロ」である。
- ヨハネ福音書 21:17
イエスは三度目に言われた。「ヨハネの子シモン、私を愛しているか」。三度目にも「私を愛しているか」と言われたので、ペトロは悲しみ、言った。「主よ、あなたはすべてをご存じです。私があなたを愛していることを、あなたはご存じです」。イエスは言われた。「私の羊たちに食べ物を与えなさい。
- 使徒言行録 2:14
ペトロは十一人と共に立ち、声を張り上げて人々に語った。「ユダヤの人たち、またエルサレムに住むすべての人たち、これを知っていただきたい。私の言葉に耳を傾けてください。
- 使徒言行録 10:34
ペトロは口を開いて言った。「神は人を分け隔てなさらないと、本当によく分かりました。
- ガラテヤ書 2:11
しかし、ケファがアンティオキアへ来た時、私は面と向かって彼に反対しました。彼は咎ありとされていたからです。
- 第一ペトロ書 1:1
イエス・キリストの使徒ペトロから、ポントス、ガラティア、カッパドキア、アジア、ビティニアに散らされて仮住まいをしている、選ばれた人々へ。
AI利用について
2026年10月20日にClaude Codeを用いて、収録人物の選定、解説文の作成、主な登場箇所の選定を行った。2026年10月21日にCodexを用いて、使徒言行録に登場する7人の項目を追加した。登場箇所は本サイトの訳文と照合し、引用する節に人物名が実際に含まれることをビルド時に検査している。
人物詳細ページの肖像画像は、2026年10月20〜21日にCodexの画像生成機能で作成した。人物の外見は想像によるイメージであり、歴史上の容貌を復元したものではない。
人間の専門家による内容の校閲は、まだ行っていない。解説は一般的な理解の手引きであり、研究や教育に用いる際は、聖書本文と信頼できる注解書・事典で確かめてほしい。
