第1章
1:2預言者イザヤの書にこう記されているとおりである。「見よ、私はあなたに先立って使いを遣わす。その者はあなたの道を整える。2
1:3荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を備えよ。その通り道をまっすぐにせよ』」。
1:4洗礼を授けるヨハネが荒れ野に現れ、罪の赦しへと向かう、悔い改めの洗礼を告げ知らせた。3
1:5ユダヤ地方の全域から、またエルサレムの住民も皆、彼のもとに出て来た。そして自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けていた。
1:6ヨハネはらくだの毛の衣をまとい、腰には革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。
1:7彼はこう告げ知らせていた。「私より力ある方が、私の後から来られる。私はかがんで、その方の履物のひもをほどくにも値しない。
1:8私はあなたがたに水で洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼を授けられる」。
1:9そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けた。
1:10水から上がるとすぐに、イエスは、天が裂け、霊が鳩のようにご自分に向かって降って来るのを見た。109
1:11そして天から声がした。「あなたは私の愛する子。私はあなたを喜ぶ」。
1:12するとすぐに、霊はイエスを荒れ野へ追いやった。
1:13イエスは四十日間荒れ野にいて、サタンから試みを受けた。野獣と共におられ、天使たちが仕えていた。
1:14ヨハネが引き渡された後、イエスはガリラヤに来て、神の福音を告げ知らせ、
1:15こう言われた。「時は満ちた。神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい」。4
1:16ガリラヤ湖のほとりを通りながら、イエスは、シモンとその兄弟アンデレが湖で網を投げているのをご覧になった。二人は漁師だった。
1:17イエスは二人に言われた。「私の後について来なさい。あなたがたを、人をとる漁師にしよう」。
1:18二人はすぐに網を置き、イエスに従った。
1:19少し先に進むと、ゼベダイの子ヤコブと、その兄弟ヨハネをご覧になった。この二人も舟の中で網を繕っていた。
1:20イエスはすぐに二人を呼ばれた。二人は父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残し、イエスの後について行った。
1:21一行はカファルナウムに入った。そしてすぐ、安息日に、イエスは会堂で教えておられた。
1:22人々はその教えに圧倒された。律法学者たちのようにではなく、権威を持つ者として教えておられたからである。
1:23そのとき、会堂に汚れた霊に取りつかれた人がいて、叫んだ。
1:24「ナザレのイエス、私たちに何の用があるのですか。私たちを滅ぼしに来たのですか。あなたがどなたか、私は知っています。神の聖なる方です」。5
1:25イエスはその霊を叱りつけて言われた。「黙れ。この人から出て行け」。
1:26汚れた霊は、その人を激しくけいれんさせ、大声を上げて出て行った。
1:27皆は驚き、互いに論じ合った。「これはどういうことだ。新しい教えだ。権威をもって汚れた霊にまで命じると、霊も従うのだ」。
1:28イエスのうわさはすぐに、ガリラヤの周辺一帯、至る所へ広まった。
1:29一行は会堂を出るとすぐ、ヤコブ、ヨハネと共に、シモンとアンデレの家に行った。
1:30シモンのしゅうとめが熱を出して床に就いていた。人々はすぐに、彼女のことをイエスに話した。
1:31イエスは近寄り、彼女の手を取って起こされた。熱は去り、彼女は一行をもてなした。
1:32夕方、日が沈むと、人々は病気の人や悪霊に取りつかれた人を皆、イエスのもとに連れて来た。
1:33町中の人が戸口に集まっていた。
1:34イエスは、さまざまな病気に苦しむ大勢を治し、多くの悪霊を追い出された。そして悪霊たちがご自分を知っていたので、口をきくことをお許しにならなかった。
1:35朝早く、まだ真っ暗なうちに、イエスは起きて外へ出、人けのない場所に行き、そこで祈っておられた。
1:36シモンと仲間たちは、その後を追い、
1:37イエスを見つけて言った。「皆があなたを捜しています」。
1:38イエスは言われた。「ほかの所、近くの町々へ行こう。そこでも告げ知らせるためだ。私はそのために出て来たのだから」。6
1:39イエスはガリラヤ全域を巡り、その会堂で告げ知らせ、悪霊を追い出された。
1:40重い皮膚病の人がイエスのもとに来て、ひざまずき、願った。「お望みでしたら、私を清くすることがおできになります」。7
1:41イエスは怒り、手を伸ばしてその人に触れ、言われた。「私は望む。清くなりなさい」。8
1:42すぐに皮膚病はその人から去り、その人は清くなった。
1:44こう言われた。「いいか、誰にも何も話してはならない。ただ、行って祭司に自分を見せ、清めのためにモーセが命じたものを献げなさい。人々への証しとなるためだ」。9
1:45ところが、その人は出て行くと、大いに告げ知らせ、この話を言い広め始めた。そのためイエスは、もはや公然と町に入れず、町の外、人けのない所におられた。それでも人々はあらゆる所から、そのもとに来ていた。
第2章
2:1数日後、イエスが再びカファルナウムに入られると、家におられるという知らせが広まった。
2:2大勢が集まり、戸口の辺りにさえ、もう場所がないほどになった。イエスは人々に言葉を語っておられた。
2:3そこへ、四人に担がれた、体の麻痺した人が運ばれて来た。
2:4群衆のためにイエスのもとへ運び込めなかったので、彼らはイエスのおられる場所の上の屋根をはがし、穴を開けて、その人が横たわっている寝床をつり下ろした。
2:5イエスは彼らの信仰をご覧になり、麻痺した人に言われた。「子よ、あなたの罪はいま赦される」。
2:6ところが、そこに座っていた律法学者の何人かは、心の中でこう考えていた。
2:7「この男は、なぜこんなことを言うのか。神を冒瀆している。唯一の神のほかに、誰が罪を赦せるというのか」。
2:8イエスは、彼らが内心そう考えていることをすぐにご自分の霊で見抜き、言われた。「なぜ、そのようなことを心の中で考えるのか。
2:9麻痺した人に『あなたの罪はいま赦される』と言うのと、『起きて寝床を取り、歩きなさい』と言うのと、どちらがたやすいか。
2:10しかし、人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたが知るために――」。イエスは麻痺した人に言われた。10
2:11「あなたに言う。起きて寝床を取り、自分の家に帰りなさい」。
2:12その人は起き上がり、すぐに寝床を取って、皆の見ている前を出て行った。皆は我を忘れるほど驚き、神をたたえて言った。「こんなことは、一度も見たことがない」。
2:13イエスは再び湖のほとりへ出て行かれた。群衆がこぞってやって来たので、彼らを教えておられた。
2:14通りがかりに、アルファイの子レビが徴税所に座っているのをご覧になり、「私に従いなさい」と言われた。レビは立ち上がり、イエスに従った。
2:15イエスがレビの家で食事の席に着いておられると、多くの徴税人や罪人も、イエスと弟子たちと共に食卓に着いていた。そのような人が大勢いて、イエスに従っていたのである。11
2:16ファリサイ派の律法学者たちは、イエスが罪人や徴税人と食事をしているのを見て、弟子たちに言った。「なぜ、あの人は徴税人や罪人と一緒に食べるのか」。
2:17イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病んでいる人だ。私は正しい人を招くためでなく、罪人を招くために来た」。
2:18ヨハネの弟子たちとファリサイ派の人々は断食をしていた。人々が来て、イエスに言った。「ヨハネの弟子たちやファリサイ派の弟子たちは断食するのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」。
2:19イエスは言われた。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客が断食できるだろうか。花婿と一緒にいる間は、断食できない。
2:20しかし、花婿が彼らから取り去られる日が来る。その日には、彼らは断食する。
2:21誰も、縮みを取っていない布の切れ端を、古い衣の継ぎに縫いつけたりはしない。そんなことをすると、新しい継ぎ布が古い衣を引っ張り、破れはもっとひどくなる。
2:22また、新しいぶどう酒を古い革袋に入れる人はいない。そんなことをすると、ぶどう酒が革袋を裂き、ぶどう酒も革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋へ」。
2:23ある安息日、イエスが麦畑を通っておられると、弟子たちは歩きながら穂を摘み始めた。
2:24ファリサイ派の人々はイエスに言った。「見てください。なぜ彼らは、安息日にしてはならないことをするのですか」。
2:25イエスは言われた。「ダビデとその仲間が、食べ物を必要とし、飢えたとき、ダビデが何をしたか、読んだことがないのか。
2:26アビアタルが大祭司であったころ、神の家に入り、祭司以外は食べてはならない供えのパンを食べ、共にいた者たちにも与えたではないか」。12
2:27そして言われた。「安息日は人間のために設けられた。人間が安息日のために造られたのではない。
2:28だから、人の子は安息日の主でもある」。
第3章
3:1イエスは再び会堂に入られた。そこに、片手の萎えた人がいた。
3:2人々は、イエスが安息日にその人を治すかどうか、じっと見張っていた。訴える口実を得るためだった。
3:3イエスは、手の萎えた人に言われた。「立って、真ん中へ来なさい」。
3:4そして人々に言われた。「安息日に許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」。彼らは黙っていた。
3:5イエスは怒りをもって彼らを見回し、その心のかたくなさを悲しみながら、その人に言われた。「手を伸ばしなさい」。その人が伸ばすと、手は元に戻った。
3:6ファリサイ派の人々は外に出ると、すぐにヘロデ派の人々と、どうすればイエスを滅ぼせるか相談を始めた。
3:7イエスは弟子たちと共に湖へ退かれた。ガリラヤから大勢の人がついて来た。また、ユダヤ、
3:8エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスとシドンの周辺からも、大勢が、イエスのしておられることを聞いて、そのもとに来た。
3:9イエスは群衆に押しつぶされないよう、弟子たちに、小舟を用意しておくよう言われた。
3:10多くの人を治されたので、病に苦しむ人は皆、触れようとしてイエスに押し寄せたのである。
3:11汚れた霊たちはイエスを見るたびに、その前にひれ伏し、「あなたは神の子です」と叫んだ。
3:12イエスは、ご自分のことを明かさないよう、霊たちを厳しく戒めておられた。
3:13イエスは山に上り、ご自分の望む者たちを呼び寄せられた。彼らはそのもとに来た。
3:14そして十二人を選び立てられた。ご自分と共にいるように、また、遣わして告げ知らせさせ、
3:15悪霊を追い出す権威を持たせるためである。
3:16こうして十二人を選び立て、シモンにはペトロという名をつけられた。13
3:17また、ゼベダイの子ヤコブと、その兄弟ヨハネ。この二人には、ボアネルゲス、すなわち「雷の子ら」という名をつけられた。
3:18さらに、アンデレ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、タダイ、カナナイのシモン、14
3:19そして、イエスを引き渡したイスカリオトのユダである。
3:20イエスが家に入られると、再び群衆が集まり、一行は食事をすることさえできなかった。
3:21身内の者たちはこれを聞き、イエスを取り押さえに出て来た。「あの人は正気を失った」と言っていたのである。15
3:22一方、エルサレムから下って来た律法学者たちは、「彼はベルゼブルに取りつかれている」「悪霊どもの頭の力で悪霊を追い出している」と言っていた。
3:23イエスは彼らを呼び寄せ、たとえを用いて言われた。「どうしてサタンがサタンを追い出せるのか。
3:24国が内側で分裂すれば、その国は立ち行かない。
3:25家が内側で分裂すれば、その家は立ち行かない。
3:26サタンが自分に反抗して立ち上がり、分裂したなら、立ち行かず、終わりを迎える。
3:27そもそも、強い者をまず縛らなければ、誰もその家に押し入って家財を奪えない。縛って初めて、その家を略奪できる。
3:28確かにあなたがたに言う。人の子らには、あらゆる罪も、どれほど冒瀆を口にしても、その冒瀆も赦される。16
3:29しかし、聖霊を冒瀆する者には、永遠に赦しがなく、永遠の罪の責めを負う」。
3:30こう言われたのは、人々が「彼は汚れた霊に取りつかれている」と言っていたからである。
3:31イエスの母と兄弟たちが来て、外に立ち、人を遣わしてイエスを呼んだ。
3:32群衆はイエスを囲んで座っていた。人々は言った。「ご覧ください。お母さんとご兄弟が、外であなたを捜しています」。
3:33イエスは答えて言われた。「私の母、私の兄弟とは誰か」。
3:34そして、周りに輪になって座っている人々を見回し、言われた。「ここに私の母、私の兄弟がいる。
3:35神の御心を行う人、その人こそ、私の兄弟であり、姉妹であり、母なのだ」。
第4章
4:1イエスは再び湖のほとりで教え始められた。非常に大きな群衆が集まったので、イエスは湖に浮かぶ舟に乗って腰を下ろされ、群衆は皆、湖沿いの陸地にいた。
4:2イエスはたとえを用いて多くのことを教え、その教えの中でこう言われた。
4:3「聞きなさい。見よ、種を蒔く人が、種蒔きに出て行った。
4:4蒔いていると、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。
4:5ほかの種は、土の少ない岩地に落ちた。土が深くないので、すぐに芽を出したが、
4:6日が昇ると焼け、根がないために枯れてしまった。
4:7ほかの種は茨の中に落ちた。茨が伸びてそれをふさぎ、実を結ばなかった。
4:8ほかの種は良い土地に落ち、芽を伸ばし、育って実を結び、三十倍、六十倍、百倍になった」。
4:9そして言われた。「聞く耳のある者は、聞きなさい」。
4:10イエスが一人になられたとき、周りの人々が十二人と共に、たとえについて尋ねた。
4:11イエスは言われた。「あなたがたには神の国の秘義が与えられている。しかし、外にいるあの人々には、すべてがたとえで示される。
4:12それは、彼らが見続けても見て取らず、聞き続けても悟らず、立ち返って赦されることがないためである」。17
4:13そして言われた。「このたとえが分からないのか。それなら、どうしてほかのすべてのたとえを理解できるだろうか。
4:14種を蒔く人は、言葉を蒔く。
4:15道端に蒔かれるものとは、こういう人々だ。そこに言葉が蒔かれ、彼らが聞くと、すぐにサタンが来て、彼らの内に蒔かれた言葉を取り去る。
4:16同じように、岩地に蒔かれるものとは、言葉を聞くと、すぐに喜んで受け入れるが、
4:17自分の内に根がなく、しばらくしか続かない人々だ。言葉のために苦難や迫害が起こると、すぐにつまずく。18
4:18また、茨の中に蒔かれるものとは、言葉を聞いたのに、
4:19この世の心配、富の惑わし、ほかのさまざまなものへの欲望が入り込んで言葉をふさぎ、言葉は実を結ばなくなる。そういう人々だ。
4:20良い土地に蒔かれたものとは、言葉を聞いて受け入れ、三十倍、六十倍、百倍の実を結ぶ人々だ」。
4:21また言われた。「灯火が来るのは、升の下や寝台の下に置かれるためだろうか。燭台の上に置かれるためではないか。
4:22隠されているものがあるのは、明らかにされるためだ。秘められたものがあるのも、表に出るためなのだ。19
4:23聞く耳のある者は、聞きなさい」。
4:24さらに言われた。「何を聞いているか、よく気をつけなさい。あなたがたが量るその量りで、あなたがたにも量り与えられ、さらに加えて与えられる。
4:25持っている人には与えられ、持っていない人は、持っているものさえ取り上げられるからだ」。
4:26また言われた。「神の国はこのようなものだ。ある人が地に種を蒔き、
4:27夜も昼も、眠ったり起きたりしているうちに、種は芽を出して伸びる。どうしてそうなるのか、その人自身は知らない。
4:28地はおのずから実を結ぶ。初めに茎、次に穂、そして穂にいっぱいの麦ができる。
4:29実が熟すと、人はすぐに鎌を入れる。収穫の時が来たからだ」。
4:30また言われた。「神の国を何に似ていると言おうか。どのようなたとえで表そうか。
4:31からしの種のようなものだ。地に蒔かれるときには、地上のどの種よりも小さいが、20
4:32蒔かれると育ち、どの野菜よりも大きくなり、大きな枝を伸ばす。その陰には、空の鳥が巣を作れるほどになる」。
4:33イエスはこのような多くのたとえを用いて、人々が聞き取れる程度に応じて、言葉を語っておられた。
4:34たとえなしには語られず、ご自分の弟子たちだけになったときに、すべてを解き明かしておられた。
4:35その日の夕方、イエスは弟子たちに言われた。「向こう岸へ渡ろう」。
4:36弟子たちは群衆を残し、舟に乗っておられるイエスを、そのままお連れした。ほかの舟も一緒だった。
4:37激しい突風が起こり、波が舟に打ち込み、舟はもう水でいっぱいになりかけていた。
4:38ところがイエスは、船尾で枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。「先生、私たちが滅びかけているのに、お構いにならないのですか」。
4:39イエスは起き上がると風を叱り、湖に言われた。「静まれ。黙れ」。風はやみ、すっかり凪になった。
4:40そして弟子たちに言われた。「なぜ、そんなにおびえているのか。まだ信仰がないのか」。
4:41弟子たちは大きな恐れに包まれ、互いに言った。「いったい、この方はどなたなのだろう。風も湖も、この方に従うとは」。
第5章
5:1一行は湖の向こう岸、ゲラサ人の地方に着いた。
5:2イエスが舟から降りるとすぐに、汚れた霊に取りつかれた人が墓場から出て来て、イエスに出会った。
5:3その人は墓場を住まいとしており、もはや誰も、鎖でさえ縛っておくことができなかった。
5:4何度も足かせや鎖で縛られたが、鎖を引きちぎり、足かせを砕いてしまい、誰にも押さえつけられなかったからである。
5:5夜も昼も絶えず、墓場や山々で叫び、石で自分の体を傷つけていた。
5:6イエスを遠くから見ると、走って来てひれ伏し、
5:7大声で叫んだ。「いと高き神の子イエス、私に何の用があるのですか。神にかけて願います。私を苦しめないでください」。119
5:8イエスが、「汚れた霊、この人から出て行け」と言っておられたからである。
5:9イエスは尋ねられた。「お前の名は何か」。すると答えた。「私の名はレギオンです。私たちは大勢いるからです」。21
5:10そして、自分たちをこの地方の外へ追いやらないでほしいと、しきりに願った。
5:11そこの山腹では、豚の大きな群れが餌を食べていた。
5:12霊たちはイエスに願った。「私たちを豚の中へ送ってください。その中に入りたいのです」。
5:13イエスは許された。汚れた霊たちは出て来て豚の中に入った。二千匹ほどの群れが崖を駆け下りて湖に飛び込み、溺れていった。
5:14豚を飼っていた人々は逃げ出し、町や村里に知らせた。人々は、何が起こったのか見に来た。
5:15イエスのもとに来ると、悪霊に取りつかれていた人、あのレギオンを宿していた人が、服を着て、正気に戻って座っているのを見た。人々は恐れた。
5:16見ていた人たちは、悪霊に取りつかれていた人に何が起こったか、また豚のことを、彼らに話した。
5:17すると人々は、自分たちの地方から立ち去ってほしいと、イエスに頼み始めた。
5:18イエスが舟に乗ろうとされると、悪霊に取りつかれていた人は、一緒にいさせてほしいと願った。
5:19しかし、イエスは許さず、言われた。「自分の家、身内の者たちのもとへ帰りなさい。そして主があなたにどれほどのことをしてくださったか、どれほど憐れんでくださったかを、知らせなさい」。
5:20その人は立ち去り、イエスが自分にしてくださったことを、デカポリスで告げ知らせ始めた。皆は驚いた。22
5:21イエスが舟で再び向こう岸へ渡られると、大勢の群衆がそのもとに集まった。イエスは湖のほとりにおられた。
5:22そこへ、会堂の責任者の一人、ヤイロという人が来た。イエスを見ると、その足もとにひれ伏し、
5:23切に願った。「幼い娘が死にかけています。どうか来て、手を置いてください。娘が救われ、生きられるように」。23
5:24イエスはその人と一緒に出かけられた。大勢の群衆がついて来て、イエスに押し迫っていた。
5:25そこに、十二年もの間、出血の続いている女性がいた。
5:26多くの医者にかかってひどく苦しみ、持ち物をすべて使い果たしたが、何の役にも立たず、かえって悪くなるばかりだった。
5:27彼女はイエスのことを聞き、群衆に紛れて後ろから近づき、その衣に触れた。
5:28「あの方の衣にでも触れれば、救われる」と思っていたのである。
5:29するとすぐに、出血の源が乾き、彼女は病の苦しみから癒やされたことを、体で感じ取った。
5:30イエスもすぐに、ご自分から力が出て行ったことを内に感じ、群衆の中で振り返って言われた。「私の衣に触れたのは誰か」。
5:31弟子たちは言った。「群衆がこんなに押し迫っているのをご覧になりながら、『誰が触れたのか』とおっしゃるのですか」。
5:32しかしイエスは、それをした女性を見つけようと、見回しておられた。
5:33女性は、自分の身に起こったことを知り、恐れおののきながら進み出てひれ伏し、ありのままをすべて話した。
5:34イエスは言われた。「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。平和のうちに行きなさい。病の苦しみから解かれ、健やかでありなさい」。
5:35まだ話しておられるうちに、会堂の責任者の家から人々が来て言った。「お嬢さんは亡くなりました。もう先生を煩わせることがありましょうか」。
5:36イエスはその話を耳にすると、会堂の責任者に言われた。「恐れないで、ただ信じなさい」。24
5:37そして、ペトロ、ヤコブ、ヤコブの兄弟ヨハネのほかには、誰もついて来ることをお許しにならなかった。
5:38会堂の責任者の家に着くと、イエスは、騒ぎ立つ人々や、激しく泣き叫ぶ人々をご覧になった。
5:39中に入って言われた。「なぜ騒いで泣くのか。子どもは死んだのではない。眠っているのだ」。
5:40人々はイエスを笑った。しかしイエスは皆を外に出し、子どもの父と母、それにご自分と一緒にいた者たちを連れて、子どものいる所に入られた。
5:41そして子どもの手を取り、「タリタ・クム」と言われた。訳すと、「少女よ、あなたに言う。起きなさい」という意味である。25
5:42少女はすぐに起き上がり、歩き回った。十二歳だったのである。人々はたちまち、我を忘れるほどの驚きに包まれた。
5:43イエスは、このことを誰にも知らせないよう厳しく命じ、少女に食べ物を与えるようにと言われた。
第6章
6:1イエスはそこを去り、故郷へ行かれた。弟子たちもついて行った。
6:2安息日になり、会堂で教え始められると、多くの人が聞いて驚き、言った。「この人は、こういうことをどこから得たのか。授けられたこの知恵は何なのか。その手を通して、このような力ある業が行われるとは。
6:3この人は職人ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちも、ここで私たちと一緒に暮らしているではないか」。こうして人々は、イエスにつまずいた。26
6:4イエスは言われた。「預言者が敬われないのは、自分の故郷と親族と家の中だけだ」。
6:5そこでは、少数の病人に手を置いて治されたほかは、何の力ある業も行うことがおできにならなかった。
6:6そして人々の不信仰に驚かれた。イエスは周辺の村々を巡り、教えておられた。27
6:7イエスは十二人を呼び寄せ、二人ずつ遣わし始め、汚れた霊を制する権威をお与えになった。
6:8そして、旅には杖一本のほか何も持って行かないよう命じられた。パンも袋も、帯の中の小銭も持たず、
6:9ただし履物は履いて行き、「下着を二枚着てはならない」と言われた。28
6:10また言われた。「どこでも、ある家に入ったら、その土地を去るまで、そこにとどまりなさい。
6:11あなたがたを受け入れず、話にも耳を傾けない所があれば、そこを出て行くとき、足の裏のほこりを払い落としなさい。彼らへの証しとするためだ」。
6:12十二人は出て行き、悔い改めるよう告げ知らせた。
6:13また、多くの悪霊を追い出し、大勢の病人に油を塗って治した。
6:14ヘロデ王はイエスのことを聞いた。その名が広く知られるようになったからである。人々は、「洗礼を授けていたヨハネが死者の中から起こされた。それで、力がこの人のうちに働いているのだ」と言っていた。
6:15ほかの人々は「エリヤだ」と言い、またほかの人々は「預言者たちの一人のような預言者だ」と言っていた。
6:16しかし、ヘロデはこれを聞いて言った。「私が首をはねたあのヨハネが、起こされたのだ」。
6:17というのも、ヘロデ自身が人を遣わしてヨハネを捕らえ、牢につないでいたからである。そうしたのは、兄弟フィリポの妻ヘロディアのためであり、ヘロデが彼女を妻に迎えていたからだった。
6:18ヨハネがヘロデに、「あなたが兄弟の妻を自分の妻とすることは許されていない」と言い続けていたからである。
6:19ヘロディアはヨハネを恨み、殺そうと望んでいたが、できずにいた。
6:20ヘロデがヨハネを正しく聖なる人と知って恐れ、保護していたからである。話を聞くと大いに当惑したが、それでも喜んで耳を傾けていた。
6:21ところが、好機となる日が来た。ヘロデが自分の誕生日に、重臣や千人隊長、ガリラヤの有力者たちを招いて宴を催したときのことである。
6:22ヘロディア本人の娘が入って来て踊り、ヘロデと同席の客たちを喜ばせた。王は少女に言った。「欲しいものを何でも求めなさい。お前に与えよう」。29
6:23そして誓った。「何を求めても与えよう。私の国の半分でも」。
6:24少女は外に出て母に言った。「何をお願いしましょうか」。母は言った。「洗礼を授けるヨハネの首を」。
6:25少女はすぐに急いで王のもとへ戻り、願った。「今すぐ、洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、私に下さることを望みます」。
6:26王は深く悲しんだが、誓いと同席の客たちの手前、少女の願いを退けようとはしなかった。
6:27王はすぐに護衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るよう命じた。兵は出て行き、牢でヨハネの首をはね、
6:28盆に載せて持って来て少女に渡した。少女はそれを母に渡した。
6:29ヨハネの弟子たちはこれを聞き、来て遺体を引き取り、墓に納めた。
6:30使徒たちはイエスのもとに集まり、自分たちが行ったこと、教えたことをすべて報告した。
6:31イエスは言われた。「あなたがただけで、人けのない場所へ来て、少し休みなさい」。出入りする人が多く、食事をする暇もなかったからである。
6:32そこで一行は、人けのない場所へ、自分たちだけで舟に乗って出かけた。
6:33しかし、大勢が一行の出発を見て気づき、あらゆる町から徒歩でそこへ駆けつけ、一行より先に着いた。
6:34イエスは舟から出ると、大勢の群衆をご覧になり、深く憐れまれた。羊飼いのいない羊のようだったからである。そして多くのことを教え始められた。
6:35もう時刻も遅くなったので、弟子たちが近寄って言った。「ここは人けのない所ですし、もう遅い時刻です。
6:36人々を解散させてください。周りの村里や村々へ行って、自分たちで食べる物を買えるように」。
6:37イエスは答えられた。「あなたがたが食べ物を与えなさい」。弟子たちは言った。「私たちが行って、二百デナリオン分のパンを買い、この人たちに食べさせるのですか」。30
6:38イエスは言われた。「パンは幾つあるか。行って確かめなさい」。弟子たちは調べてから言った。「五つです。それに魚が二匹です」。
6:39イエスは、皆を組に分け、緑の草の上に座らせるよう命じられた。
6:40人々は、百人ずつ、五十人ずつ、まとまって座った。
6:41イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで祝福の祈りを唱え、パンを裂き、弟子たちに渡して人々に配らせた。二匹の魚も皆に分けられた。
6:42皆が食べて満腹した。
6:43そして、かけらを十二の籠にいっぱい集め、魚の残りも集めた。111
6:44パンを食べた男たちは五千人だった。
6:45イエスはすぐに弟子たちを強いて舟に乗せ、ご自分が群衆を解散させる間に、向こう岸のベトサイダへ先に行かせられた。
6:46人々に別れを告げると、祈るために山へ行かれた。
6:47夕方になったとき、舟は湖の真ん中にあり、イエスだけが陸におられた。
6:48逆風のために、弟子たちが漕ぎ悩んでいるのをご覧になり、夜の第四の見張り時に、湖の上を歩いて彼らのもとへ来られた。そして、彼らのそばを通り過ぎようとされた。31
6:49弟子たちは、湖の上を歩くイエスを見て、幽霊だと思い、叫んだ。
6:50皆がイエスを見て、取り乱したからである。しかしイエスはすぐに語りかけ、言われた。「勇気を出しなさい。私だ。恐れるな」。32
6:51そして、彼らのいる舟に乗り込まれると、風はやんだ。弟子たちは、心の底からひどく驚いた。
6:52パンの出来事を理解せず、その心がかたくなになっていたからである。32
6:53一行は渡り終えてゲネサレトの地に着き、舟を岸につないだ。
6:54舟から降りると、人々はすぐにイエスと気づき、
6:55その地方一帯を駆け回り、イエスがおられると聞いた所へ、病人を寝床に載せて運び始めた。
6:56イエスが村でも町でも村里でも、どこに入られても、人々は病人を広場に寝かせ、せめて衣の房に触れさせてほしいと願った。そして触れた人は皆、救われた。
第7章
7:1ファリサイ派の人々と、エルサレムから来た律法学者の何人かが、イエスのもとに集まった。
7:2そして、弟子たちの何人かが、汚れた手、すなわち洗っていない手でパンを食べているのを見た。
7:3ファリサイ派の人々もユダヤ人も皆、長老たちの伝承を守り、念入りに手を洗わなければ食べず、33
7:4市場から帰ったときも、身を洗わなければ食べない。また、杯、水差し、銅の器、食事用の寝台を洗うことなど、受け継いで守っていることがほかにも多くある。
7:5そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちはイエスに尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは長老たちの伝承に従って歩まず、汚れた手でパンを食べるのですか」。
7:6イエスは言われた。「イザヤは、あなたがた偽善者のことをよく預言した。こう書かれている。『この民は唇で私を敬うが、その心は私から遠く離れている。34
7:7人間の戒めを教えとして教え、空しく私をあがめている』。
7:8あなたがたは神の戒めを捨て、人間の伝承にしがみついている」。
7:9また言われた。「自分たちの伝承を守るために、よくも神の戒めを退けるものだ。
7:10モーセは、『父と母を敬え』、また、『父や母を悪く言う者は、必ず死に処せられなければならない』と言った。35
7:11ところが、あなたがたはこう言う。ある人が父か母に、『私からあなたへの助けになるはずのものは、コルバン、つまり供え物です』と言えば、36
7:12もうその人に、父や母のために何一つさせない。
7:13こうして、あなたがたが伝えてきた伝承によって、神の言葉を無効にしている。このようなことを、ほかにもたくさん行っている」。
7:14イエスは再び群衆を呼び寄せて言われた。「皆、私の言葉を聞いて悟りなさい。
7:15外から人の中に入って、その人を汚せるものは何もない。人から出て来るものこそ、人を汚すのだ」。37
7:17イエスが群衆を離れて家に入られると、弟子たちがそのたとえについて尋ねた。
7:18イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。外から人の中に入るものは、何であれ、その人を汚せないことが分からないのか。
7:19心の中には入らず、腹に入り、便所へ出て行くからだ」。こうしてイエスは、すべての食べ物を清いものとされた。38
7:20さらに言われた。「人から出て来るもの、それが人を汚す。
7:21内側から、人の心から、悪い考えが出て来るからだ。淫らな行い、盗み、殺人、
7:22姦淫、貪欲、悪意、欺き、放縦、よこしまな目、冒瀆、傲慢、愚かさ。39
7:23これらの悪はすべて、内側から出て来て、人を汚す」。
7:24イエスはそこを立ち去り、ティルス地方へ行かれた。ある家に入り、誰にも知られたくないと望まれたが、隠れていることはできなかった。
7:25幼い娘が汚れた霊に取りつかれている女性が、すぐにイエスのことを聞き、やって来て足もとにひれ伏した。
7:26この女性はギリシア人で、出自はシリア・フェニキア人だった。彼女は、娘から悪霊を追い出してほしいと願っていた。40
7:27イエスは言われた。「まずは子どもたちが満腹になるようにしておきなさい。子どものパンを取って小犬に投げてやるのは、よいことではない」。41
7:28彼女は答えた。「主よ、食卓の下の小犬も、子どもたちのパンくずを食べます」。
7:29イエスは言われた。「その言葉のゆえに、帰りなさい。悪霊はあなたの娘から出て行った」。
7:30彼女が家に帰ると、子どもは寝台の上に寝かされており、悪霊はすでに出て行っていた。
7:31イエスは再びティルス地方を出て、シドンを経由し、デカポリス地方のただ中を通って、ガリラヤ湖へ来られた。112
7:32人々は、耳が聞こえず、うまく話せない人を連れて来て、その人に手を置いてほしいと願った。
7:33イエスはその人を群衆から離れた所へ連れ出し、その両耳に指を入れ、唾を吐いて、その舌に触れられた。
7:34そして天を仰いで深く息をつき、「エッファタ」、すなわち「開け」と言われた。42
7:35すると、その人の耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話せるようになった。
7:36イエスは誰にも言わないようにと命じられた。しかし、命じられれば命じられるほど、人々はますます広く告げ知らせた。
7:37人々は驚きの極みに達して言った。「この方のなさったことは、どれもすばらしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口のきけない人を話せるようにしてくださる」。
第8章
8:1そのころ、再び大勢の群衆が集まり、食べる物がなかった。イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。
8:2「この群衆がかわいそうだ。もう三日も私と一緒にいて、食べる物がない。
8:3空腹のまま家に帰らせたら、途中で力尽きてしまう。遠くから来ている人もいる」。
8:4弟子たちは答えた。「こんな荒れ地で、いったいどこからパンを手に入れて、この人たちを満腹にできるでしょうか」。
8:5イエスは尋ねられた。「パンは幾つあるか」。弟子たちは「七つです」と答えた。
8:6イエスは群衆に地面に座るよう命じられた。そして七つのパンを取り、感謝をささげて裂き、弟子たちに渡して配らせた。弟子たちは群衆に配った。
8:7小魚も少しあった。イエスはそれを祝福し、それも配るよう言われた。
8:8人々は食べて満腹した。残ったかけらを集めると、七つの大籠になった。
8:9人々は四千人ほどだった。イエスは彼らを解散させられた。
8:10そしてすぐに、弟子たちと共に舟に乗り、ダルマヌタ地方へ行かれた。
8:11ファリサイ派の人々が出て来て、イエスと議論を始め、試すために、天からのしるしを求めた。
8:12イエスは心の底から深く嘆息し、言われた。「なぜ、この時代の人々はしるしを求めるのか。確かにあなたがたに言う。この時代の人々に、しるしは決して与えられない」。43
8:13そして彼らを残し、再び舟に乗って、向こう岸へ行かれた。
8:14弟子たちはパンを持って来るのを忘れ、舟にはパン一つしか持ち合わせていなかった。
8:15イエスは戒めて言われた。「よく気をつけなさい。ファリサイ派のパン種と、ヘロデのパン種に用心しなさい」。44
8:16弟子たちは、パンを持っていないということで、互いに論じ合っていた。
8:17イエスはそれに気づき、言われた。「なぜ、パンがないことを論じ合っているのか。まだ分からず、悟らないのか。あなたがたの心はかたくななのか。
8:18目があるのに見えず、耳があるのに聞こえないのか。覚えていないのか。
8:19私が五つのパンを五千人に裂いたとき、かけらを集めて、幾つの籠がいっぱいになったか」。弟子たちは「十二です」と答えた。
8:20「七つのパンを四千人に裂いたときは、かけらを集めて、幾つの大籠がいっぱいになったか」。弟子たちは「七つです」と答えた。
8:21イエスは言われた。「まだ悟らないのか」。
8:22一行はベトサイダに着いた。人々は目の見えない人をイエスのもとに連れて来て、触れてほしいと願った。
8:23イエスはその人の手を取って村の外へ連れ出し、その目に唾をつけ、両手を置いて尋ねられた。「何か見えるか」。
8:24その人は見上げて言った。「人が見えます。木のようなものが歩いているのが見えるのです」。
8:25そこでイエスは、もう一度その人の両目に手を置かれた。すると、その人ははっきり見えるようになり、元に戻って、何もかも鮮明に見渡せるようになった。
8:26イエスは、「村には入らないように」と言って、その人を家に帰された。
8:27イエスは弟子たちと共に、フィリポ・カイサリアの村々へ出かけられた。道すがら、弟子たちに尋ねられた。「人々は、私を何者だと言っているか」。
8:28弟子たちは答えた。「洗礼者ヨハネだと言っています。エリヤだと言う人も、預言者の一人だと言う人もいます」。
8:29イエスは尋ねられた。「では、あなたがたは、私を何者だと言うか」。ペトロが答えた。「あなたはキリストです」。45
8:30イエスは、ご自分のことを誰にも言わないよう、弟子たちを厳しく叱られた。
8:31そして、人の子は多くの苦しみを受け、長老たち、祭司長たち、律法学者たちに退けられ、殺され、三日の後に復活しなければならないと、教え始められた。
8:32イエスはこのことを、はっきりと語っておられた。するとペトロは、イエスを脇へお連れして、叱り始めた。
8:33しかしイエスは振り返り、弟子たちを見て、ペトロを叱り、言われた。「私の後ろに退け、サタン。あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」。46
8:34イエスは群衆を弟子たちと共に呼び寄せ、言われた。「私の後に来たい者は、自分を否み、自分の十字架を負って、私に従いなさい。
8:35自分の命を救おうとする者はそれを失い、私と福音のために自分の命を失う者は、それを救うからだ。47
8:36全世界を手に入れても、自分の命を損なったら、人に何の益があるだろうか。
8:37人は、自分の命と引き換えに、何を差し出せるだろうか。
8:38神に背き、罪に満ちたこの時代の中で、私と私の言葉を恥じる者を、人の子もまた、父の栄光を帯びて聖なる天使たちと共に来るときに、恥じる」。48
第9章
9:1また言われた。「確かにあなたがたに言う。ここに立っている人の中には、神の国が力をもって到来したのを見るまで、決して死を味わわない者がいる」。49
9:2六日の後、イエスはペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れ、高い山へ上られた。そこで、彼らの目の前で姿が変わり、
9:3衣は輝き、地上のどんな布さらし職人にもできないほど、真っ白になった。
9:4エリヤがモーセと共に彼らに現れ、イエスと語り合っていた。
9:5ペトロはイエスに言った。「ラビ、私たちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ作りましょう。あなたに一つ、モーセに一つ、エリヤに一つ」。
9:6ペトロは何と答えてよいか分からなかった。彼らは恐れに打たれていたのである。
9:7雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これは私の愛する子。この者の言葉を聞きなさい」。
9:8彼らがふと見回すと、もはや誰も見えず、イエスだけが一緒におられた。
9:9山を下りながら、イエスは、人の子が死者の中から復活するまでは、見たことを誰にも話さないよう命じられた。
9:10彼らはこの言葉を胸に留め、死者の中から復活するとはどういうことか、互いに論じ合った。
9:11そして尋ねた。「なぜ律法学者たちは、まずエリヤが来なければならないと言うのですか」。
9:12イエスは言われた。「確かにエリヤがまず来て、すべてを元に戻す。それなら、なぜ人の子について、多くの苦しみを受け、蔑まれると書かれているのか。
9:13しかし、あなたがたに言う。エリヤはすでに来た。そして人々は、彼について書かれているとおり、したい放題のことを彼にした」。50
9:14一行が弟子たちのもとに戻ると、大勢の群衆が彼らを取り囲み、律法学者たちが彼らと議論しているのを見た。
9:15群衆は皆、イエスを見るとたちまち驚き、駆け寄って迎えた。
9:16イエスは尋ねられた。「互いに何を議論しているのか」。
9:17群衆の一人が答えた。「先生、息子をあなたのもとに連れて来ました。口をきけなくする霊に取りつかれています。
9:18その霊は、どこででも息子を捕らえると、地面にたたきつけます。息子は泡を吹き、歯ぎしりをして、体がこわばります。お弟子たちに追い出してくれるよう頼みましたが、できませんでした」。
9:19イエスは人々に答えられた。「ああ、信仰のない時代だ。いつまであなたがたと共にいなければならないのか。いつまであなたがたに耐えなければならないのか。その子を私のもとに連れて来なさい」。
9:20人々は子どもを連れて来た。霊はイエスを見るとすぐに子どもを激しくけいれんさせ、子どもは地面に倒れ、泡を吹いて転げ回った。
9:21イエスは父親に尋ねられた。「こうなって、どれほどたつのか」。父親は答えた。「幼いときからです。
9:22霊は何度も、息子を滅ぼそうと、火の中や水の中へ投げ込みました。けれども、もし何かおできになるなら、私たちを憐れんで、お助けください」。
9:23イエスは言われた。「『もしできるなら』と言うのか。信じる者には、すべてが可能だ」。
9:24子どもの父親はすぐに叫んだ。「信じます。私の不信仰をお助けください」。51
9:25イエスは群衆が駆け集まって来るのを見ると、汚れた霊を叱り、言われた。「口をきけなくし、耳を聞こえなくする霊、私がお前に命じる。この子から出て行け。二度と入るな」。
9:26霊は叫び、子どもを激しくけいれんさせて出て行った。子どもは死人のようになったので、多くの人が「死んだ」と言った。
9:27しかしイエスが手を取って起こされると、子どもは立ち上がった。
9:28イエスが家に入られると、弟子たちは自分たちだけで尋ねた。「なぜ、私たちは追い出せなかったのでしょうか」。
9:29イエスは言われた。「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても出て行かせることはできない」。52
9:30一行はそこを去り、ガリラヤを通って行った。イエスはそれを誰にも知られたくないと思っておられた。
9:31弟子たちを教えて、こう語っておられたからである。「人の子は、人々の手に引き渡される。人々は彼を殺す。そして殺された後、三日の後に復活する」。
9:32弟子たちはこの言葉が分からず、尋ねることを恐れていた。
9:33一行はカファルナウムに着いた。家に入ると、イエスは尋ねられた。「道中、何を論じ合っていたのか」。
9:34弟子たちは黙っていた。道中、自分たちのうち誰がいちばん偉いか、議論していたからである。
9:35イエスは腰を下ろし、十二人を呼んで言われた。「いちばんになりたい者は、皆の最後であり、皆に仕える者でなければならない」。113
9:36そして一人の子どもを連れて来て、彼らの真ん中に立たせ、抱き寄せて言われた。
9:37「私の名のゆえに、このような子ども一人を受け入れる者は、私を受け入れる。私を受け入れる者は、私をではなく、私を遣わされた方を受け入れるのだ」。
9:38ヨハネがイエスに言った。「先生、あなたの名で悪霊を追い出している人を見ましたが、私たちについて来なかったので、やめさせようとしました」。
9:39イエスは言われた。「やめさせてはならない。私の名で力ある業を行いながら、すぐに私を悪く言える者はいない。
9:40私たちに反対しない者は、私たちの味方なのだ。
9:41あなたがたがキリストに属するという名のゆえに、一杯の水を飲ませてくれる人があれば、確かにあなたがたに言う。その人は決して報いを失わない。
9:42私を信じる、この小さな者たちの一人をつまずかせる者は、首にろばのひく石臼を掛けられ、海に投げ込まれるほうが、まだよい。53
9:43もし、あなたの手があなたをつまずかせるなら、それを切り落としなさい。両手がそろったままゲヘナの消えない火へ行くより、片手を失って命に入るほうがよい。54
9:45もし、あなたの足があなたをつまずかせるなら、それを切り落としなさい。両足がそろったままゲヘナに投げ込まれるより、足を失って命に入るほうがよい。
9:47もし、あなたの目があなたをつまずかせるなら、それをえぐり出しなさい。両目がそろったままゲヘナに投げ込まれるより、片目で神の国に入るほうがよい。
9:50塩はよいものだ。しかし塩が塩気を失ったら、何によってその塩に味をつけるのか。自分たちの内に塩を持ちなさい。そして互いに平和を保ちなさい」。
第10章
10:1イエスはそこを立ち去り、ユダヤ地方とヨルダン川の向こう側へ行かれた。群衆が再び集まって来たので、いつものように、また教えておられた。
10:2人々は、夫が妻を離縁することは許されているかと尋ね、イエスを試した。57
10:3イエスは答えられた。「モーセはあなたがたに何を命じたか」。
10:4彼らは言った。「離縁状を書いて離縁することを、モーセは許しました」。
10:5イエスは言われた。「あなたがたの心のかたくなさのために、この戒めを書いたのだ。
10:6しかし、創造の初めから、『神は彼らを男と女に造られた』。58
10:7『それゆえ、人は父と母を離れ、妻と結ばれ、
10:8二人は一つの肉となる』。だから、もはや二人ではなく、一つの肉なのだ。
10:9それゆえ、神が結び合わせたものを、人が引き離してはならない」。
10:10家に入ると、弟子たちはこのことについて再び尋ねた。
10:11イエスは言われた。「妻を離縁して別の女性と結婚する者は、彼女に対して姦淫を犯す。114
10:12妻が夫を離縁して別の男性と結婚しても、姦淫を犯す」。
10:13人々は、触れていただこうと、子どもたちをイエスのもとに連れて来た。ところが弟子たちは、その人々を叱った。
10:14イエスはこれをご覧になって憤り、言われた。「子どもたちを私のもとに来させなさい。妨げてはならない。神の国は、このような者たちのものだ。
10:15確かにあなたがたに言う。子どものように神の国を受け入れない者は、決してそこに入れない」。59
10:16そして子どもたちを抱き寄せ、手を置いて、一人一人を祝福された。
10:17イエスが旅に出ようとされると、一人の人が駆け寄ってひざまずき、尋ねた。「善い先生、永遠の命を受け継ぐには、何をしたらよいでしょうか」。
10:18イエスは言われた。「なぜ私を善いと言うのか。唯一の神のほかに、善い者はいない。
10:19戒めを知っているはずだ。『殺すな。姦淫するな。盗むな。偽りの証言をするな。だまし取るな。父と母を敬え』」。
10:20その人は言った。「先生、それらはみな、若いときから守ってきました」。
10:21イエスはその人を見つめ、愛して言われた。「あなたには一つ欠けている。行って、持ち物をすべて売り、貧しい人々に与えなさい。そうすれば、天に宝を持つことになる。それから来て、私に従いなさい」。
10:22しかし、その人はこの言葉に顔を曇らせ、悲しみながら立ち去った。多くの財産を持っていたからである。
10:23イエスは見回して、弟子たちに言われた。「財産を持つ人が神の国に入るのは、何と難しいことか」。
10:24弟子たちはこの言葉に驚いた。イエスは重ねて言われた。「子らよ、神の国に入るのは、何と難しいことか。60
10:25金持ちが神の国に入るより、らくだが針の穴を通るほうがたやすい」。
10:26弟子たちはますます驚き、互いに言った。「それでは、誰が救われるのだろうか」。
10:27イエスは彼らを見つめて言われた。「人間には不可能でも、神にはそうではない。神にはすべてが可能なのだ」。
10:28ペトロが言い始めた。「ご覧ください。私たちはすべてを捨てて、あなたに従ってきました」。
10:29イエスは言われた。「確かにあなたがたに言う。私と福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子ども、畑のいずれかを捨てた者は誰でも、
10:30今この時に、家も兄弟も姉妹も母も子どもも畑も、迫害を伴いながら百倍受け、来たる世では永遠の命を受ける。61
10:31しかし、多くの先の者が後になり、後の者が先になる」。
10:32一行はエルサレムへ上る道を進んでいた。イエスが先頭を歩いておられ、人々は驚き、後について行く者たちは恐れていた。115イエスは再び十二人を脇へ呼び寄せ、ご自分に起ころうとしていることを語り始められた。
10:33「見よ、私たちはエルサレムへ上って行く。人の子は祭司長たちと律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告し、異邦人に引き渡す。
10:34異邦人は彼をあざけり、唾をかけ、鞭打ち、殺す。そして彼は三日の後に復活する」。
10:35ゼベダイの子ヤコブとヨハネが近づいて来て言った。「先生、私たちのお願いすることを、かなえていただきたいのです」。
10:36イエスは言われた。「何をしてほしいのか」。
10:37二人は言った。「あなたが栄光をお受けになるとき、私たちの一人を右に、一人を左に座らせてください」。
10:38イエスは言われた。「自分たちが何を願っているか、分かっていない。私が飲む杯を飲めるか。私が受ける洗礼を受けられるか」。62
10:39二人は「できます」と言った。イエスは言われた。「私が飲む杯を、あなたがたも飲む。私が受ける洗礼を、あなたがたも受ける。
10:40しかし、私の右か左に座ることは、私が与えるものではない。それは、その席が備えられている人々に与えられる」。
10:41残る十人はこれを聞き、ヤコブとヨハネに腹を立て始めた。
10:42イエスは彼らを呼び寄せ、言われた。「あなたがたも知っているとおり、諸民族の支配者とみなされる者たちは、人々を意のままに治め、偉い者たちは権力を振るっている。
10:43しかし、あなたがたの間ではそうではない。あなたがたの間で偉くなりたい者は、あなたがたに仕える者でなければならず、
10:44あなたがたの間でいちばんになりたい者は、皆の奴隷でなければならない。113
10:45人の子も、仕えられるためではなく、仕えるために、そして多くの人に代わる身代金として、自分の命を与えるために来たのだから」。63
10:46一行はエリコに着いた。イエスが弟子たちや大勢の群衆と共にエリコを出て行かれると、ティマイの子バルティマイという、目の見えない物乞いが道端に座っていた。
10:47ナザレのイエスだと聞くと、彼は叫び始めた。「ダビデの子イエス、私を憐れんでください」。
10:48多くの人が黙るよう叱ったが、彼はますます叫んだ。「ダビデの子よ、私を憐れんでください」。
10:49イエスは立ち止まり、「その人を呼びなさい」と言われた。人々は目の見えない人を呼び、「勇気を出しなさい。立ちなさい。あなたをお呼びだ」と言った。
10:50彼は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのもとに来た。
10:51イエスは尋ねられた。「何をしてほしいのか」。その人は言った。「ラブニ、見えるようになりたいのです」。64
10:52イエスは言われた。「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」。すると、すぐに見えるようになり、その道をイエスに従って行った。
第11章
11:1一行がエルサレムに近づき、オリーブ山のそば、ベトファゲとベタニアの辺りに来ると、イエスは弟子の二人を遣わし、
11:2言われた。「向かいの村へ行きなさい。入るとすぐに、まだ誰も乗ったことのない子ろばが、つながれているのが見つかる。それをほどいて連れて来なさい。
11:3誰かに『なぜそんなことをするのか』と言われたら、『主がお入り用なのです。すぐまた、ここへお返しになります』と言いなさい」。65
11:4二人は出かけ、通りに面した戸口の外に、子ろばがつながれているのを見つけて、ほどいた。
11:5そこに立っていた人たちの何人かが言った。「子ろばをほどいて、何をしているのか」。
11:6二人がイエスに言われたとおりに答えると、人々は行かせてくれた。
11:7二人は子ろばをイエスのもとに連れて来て、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれにお乗りになった。
11:8多くの人は自分の上着を道に敷き、ほかの人々は野から切って来た葉のついた枝を敷いた。
11:9前を行く人も後に従う人も、叫んでいた。「ホサナ。主の名によって来られる方に祝福あれ。66
11:10来たる、私たちの父ダビデの国に祝福あれ。いと高き所にホサナ」。
11:11イエスはエルサレムに入り、神殿に行かれた。すべてを見回した後、もう時刻が遅かったので、十二人と共にベタニアへ出て行かれた。
11:12翌日、一行がベタニアを出たとき、イエスは空腹を覚えられた。
11:13遠くに葉の茂ったいちじくの木を見て、何か見つかるかもしれないと近づかれた。しかし、行ってみると、葉のほかは何もなかった。いちじくの季節ではなかったからである。67
11:14イエスはその木に言われた。「もう永遠に、誰もお前の実を食べないように」。弟子たちはこれを聞いていた。
11:15一行はエルサレムに着いた。イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いしている人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る人々の腰掛けを倒された。
11:16また、誰にも境内を通って物を運ぶことをお許しにならなかった。
11:17そして教えて言われた。「『私の家は、すべての民族のための祈りの家と呼ばれる』と書かれているではないか。それなのに、あなたがたはこれを強盗の巣にしてしまった」。68
11:18祭司長たちと律法学者たちはこれを聞き、どうすればイエスを滅ぼせるかと考えていた。群衆が皆、その教えに圧倒されていたので、彼らはイエスを恐れていたのである。
11:19夕方になると、一行は町の外へ出て行くのが常だった。
11:20朝、通りがかりに、一行はいちじくの木が根元から枯れているのを見た。
11:21ペトロは思い出して言った。「ラビ、ご覧ください。あなたが呪われたいちじくの木が、枯れています」。
11:22イエスは答えられた。「神への信仰を持ちなさい。69
11:23確かにあなたがたに言う。この山に『持ち上がって海に投げ込まれよ』と言い、心の中で疑わず、自分の言うことが実現すると信じるなら、その人には、そのとおりになる。
11:24だから、あなたがたに言う。祈り求めるものはすべて、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになる。70
11:25また、立って祈るとき、誰かに対して何か恨みがあるなら、赦しなさい。天におられるあなたがたの父も、あなたがたの過ちを赦してくださるためだ」。71
11:27一行は再びエルサレムに来た。イエスが神殿の境内を歩いておられると、祭司長たち、律法学者たち、長老たちが近づいて来て、
11:28言った。「何の権威で、このようなことをするのか。こうしたことをする権威を、誰から与えられたのか」。
11:29イエスは言われた。「私も一つ尋ねよう。答えてくれたら、何の権威でこれらのことをしているか、私も言おう。
11:30ヨハネの洗礼は、天からのものだったか、人間からのものだったか。答えなさい」。
11:31彼らは互いに考えを交わした。「何と答えよう。『天からだ』と言えば、『それなら、なぜ彼を信じなかったのか』と言うだろう。
11:32だが、『人間からだ』と言おうか……」。彼らは群衆を恐れていた。皆がヨハネを、本当に預言者だと考えていたからである。
11:33そこでイエスに、「分からない」と答えた。イエスは言われた。「では私も、何の権威でこれらのことをしているか、あなたがたには言わない」。
第12章
12:1イエスはたとえを用いて彼らに語り始められた。「ある人がぶどう園を造り、垣を巡らし、搾り汁を受ける穴を掘り、見張りの塔を建てた。そして農夫たちに貸し、旅に出た。72
12:2収穫の時が来ると、ぶどう園の実りの一部を受け取るため、農夫たちのもとに一人の奴隷を遣わした。
12:3しかし彼らは、その奴隷を捕まえて殴り、何も持たせずに送り返した。
12:4主人はまた、別の奴隷を遣わした。彼らはその者の頭を傷つけ、辱めた。
12:5さらに別の者を遣わすと、彼らは殺してしまった。そのほかにも多くの者を遣わしたが、彼らは、ある者を殴り、ある者を殺した。
12:6主人には、まだ一人、愛する子がいた。『私の子なら敬うだろう』と言って、最後にその子を彼らのもとに遣わした。
12:7しかし農夫たちは互いに言った。『これは相続人だ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は私たちのものになる』。
12:8そしてその子を捕らえて殺し、ぶどう園の外に投げ捨てた。
12:9ぶどう園の主人は、どうするだろうか。来て農夫たちを滅ぼし、ぶどう園をほかの者たちに与える。
12:10この聖書の言葉を読んだことがないのか。『家を建てる者たちが退けた石、それが隅の頭石となった。73
12:11これは主によってなされたこと。私たちの目には驚くべきことだ』」。
12:12彼らは、自分たちに向けてこのたとえを語られたと分かり、イエスを捕らえようとした。しかし群衆を恐れ、イエスを残して立ち去った。
12:13彼らは、イエスを言葉尻で捕らえるため、ファリサイ派とヘロデ派の人々を何人か遣わした。
12:14その人々は来て言った。「先生、あなたが真実な方で、誰にも遠慮なさらないことを知っています。人を外見で分け隔てせず、神の道を真実に教えておられるからです。皇帝に税を納めることは許されているでしょうか、いないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めるべきではないでしょうか」。
12:15イエスは彼らの偽善を見抜き、言われた。「なぜ私を試すのか。デナリオン銀貨を持って来て、見せなさい」。
12:16彼らが持って来ると、イエスは言われた。「これは誰の肖像と銘か」。彼らは「皇帝のものです」と答えた。
12:17イエスは言われた。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」。彼らはイエスに驚嘆した。74
12:18復活はないと言うサドカイ派の人々が、イエスのもとに来て尋ねた。
12:19「先生、モーセは私たちにこう書きました。『ある人の兄弟が、妻を残し、子を残さずに死んだなら、その人は兄弟の妻を迎え、兄弟のために子孫を残さなければならない』。75
12:20さて、七人の兄弟がいました。最初の者が妻を迎えましたが、子孫を残さずに死にました。
12:21二番目の者が彼女を迎えましたが、子孫を残さずに死に、三番目も同じでした。
12:22七人とも子孫を残しませんでした。最後に、女性も死にました。
12:23復活して彼らが起き上がるとき、彼女は誰の妻になるのでしょうか。七人とも彼女を妻にしたのですから」。
12:24イエスは言われた。「聖書も神の力も知らないからこそ、あなたがたは思い違いをしているのではないか。
12:25死者の中から復活するとき、人はめとることも嫁ぐこともなく、天にいる天使たちのようである。
12:26死者が起こされることについては、モーセの書の茨の箇所で、神がモーセにどう語られたか、読まなかったのか。『私はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』。76
12:27神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神だ。あなたがたは、大きな思い違いをしている」。
12:28一人の律法学者が近づき、彼らの議論を聞いて、イエスがよく答えられたと認め、尋ねた。「すべての戒めのうち、第一のものは何ですか」。
12:29イエスは答えられた。「第一はこれだ。『聞け、イスラエル。私たちの神である主は、唯一の主である。77
12:30あなたの心のすべて、命のすべて、思いのすべて、力のすべてを尽くして、あなたの神である主を愛せよ』。
12:31第二はこれだ。『隣人を、自分自身のように愛せよ』。これらより大きな戒めは、ほかにない」。
12:32律法学者は言った。「先生、おっしゃるとおりです。神は唯一で、その方のほかに神はいないと、真実を語られました。
12:33また、心のすべて、理解のすべて、力のすべてを尽くして神を愛し、隣人を自分自身のように愛することは、あらゆる焼き尽くす献げ物やいけにえにまさります」。
12:34イエスは、彼が思慮深く答えたのを見て、言われた。「あなたは神の国から遠くない」。もはや誰も、あえてイエスに問おうとはしなかった。
12:35イエスは神殿で教えながら、こう語られた。「なぜ律法学者たちは、キリストはダビデの子だと言うのか。
12:36ダビデ自身が聖霊によって言っている。『主は私の主に言われた。私の右に座れ。私があなたの敵を、あなたの足の下に置くまで』。78
12:37ダビデ自身がキリストを主と呼んでいる。それなら、どうしてダビデの子なのか」。大勢の群衆は、喜んでイエスの話を聞いていた。
12:38イエスは教えの中で言われた。「長い衣を着て歩き回ることや、広場で挨拶されること、
12:39会堂の上席や宴席の上座を好む律法学者たちに用心しなさい。116
12:40やもめの家を食い物にし、見せかけに長く祈る者たち、このような者たちは、いっそう重い裁きを受ける」。
12:41イエスは献金箱の向かいに座り、群衆がそこへ金を入れる様子をご覧になっていた。多くの金持ちが、たくさん入れていた。
12:42そこへ一人の貧しいやもめが来て、レプトン銅貨二枚、すなわち一コドラントを入れた。79
12:43イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「確かにあなたがたに言う。この貧しいやもめは、献金箱に入れた誰よりも多くを入れた。
12:44皆は余っている中から入れたが、この人は乏しい中から、持っているものをすべて、生きるための資を残らず入れたからだ」。80
第13章
13:1イエスが神殿を出て行かれるとき、弟子の一人が言った。「先生、ご覧ください。何という石、何という建物でしょう」。
13:2イエスは言われた。「この大きな建物が見えるか。ここでは、一つの石もほかの石の上に残されず、すべて崩される」。
13:3イエスがオリーブ山で、神殿の向かいに座っておられると、ペトロ、ヤコブ、ヨハネ、アンデレが、ほかの人のいない所で尋ねた。
13:4「お話しください。これらのことは、いつ起こるのですか。また、これらすべてが成し遂げられようとするときには、どんなしるしがあるのですか」。
13:5イエスは語り始められた。「誰にも惑わされないよう、気をつけなさい。
13:6多くの者が私の名を名乗って現れ、『私がその者だ』と言い、多くの人を惑わす。81
13:7戦争の知らせや戦争のうわさを聞いても、うろたえてはならない。それは起こらなければならないが、まだ終わりではない。
13:8民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、各地に地震があり、飢饉も起こる。これらは産みの苦しみの始まりだ。
13:9あなたがたは自分自身に気をつけなさい。人々はあなたがたを議会に引き渡す。あなたがたは会堂で打ちたたかれ、私のために総督や王の前に立たされる。彼らへの証しとなるためだ。
13:10そして、まず、すべての民族に福音が告げ知らされなければならない。
13:11引き渡すために連行されるとき、何を話そうかと前もって心配してはならない。その時に与えられることを話しなさい。語るのは、あなたがたではなく聖霊だからだ。
13:12兄弟は兄弟を、父は子を死へと引き渡し、子は親に逆らって立ち上がり、死なせる。
13:13あなたがたは、私の名のために、すべての人から憎まれる。しかし、最後まで耐え抜く者は救われる。
13:14『荒廃をもたらす忌まわしいもの』が、立ってはならない所に立つのを見たなら――読む者は悟りなさい――そのとき、ユダヤにいる人々は山々へ逃げなさい。82
13:15屋上にいる者は下りてはならず、家の中の物を取り出しに入ってもならない。
13:16畑にいる者は、上着を取りに後戻りしてはならない。
13:17その日々に身ごもっている女性、乳を飲ませている女性は、何とつらいことか。
13:18それが冬に起こらないよう祈りなさい。
13:19その日々には、神が造られた世界の初めから今までになく、今後も決してないような苦難が起こるからだ。
13:20主がその日々を短くされなかったなら、誰一人救われなかっただろう。しかし、ご自分が選ばれた者たちのために、その日々を短くされた。
13:21そのとき誰かが、『見よ、ここにキリストがいる』『見よ、あそこにいる』と言っても、信じてはならない。
13:22偽キリストや偽預言者が現れ、しるしや不思議な業を示し、できるものなら、選ばれた者たちまで惑わそうとするからだ。
13:23あなたがたは気をつけなさい。私はすべてを前もって告げた。
13:24しかし、その日々、あの苦難の後、太陽は暗くなり、月は光を放たず、
13:25星は天から落ち、天にあるもろもろの力は揺り動かされる。83
13:26そのとき人々は、人の子が大いなる力と栄光をもって、雲の中を来るのを見る。
13:27そのとき、人の子は天使たちを遣わし、地の果てから天の果てまで、四方から、選ばれた者たちを集める。
13:28いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかくなって葉を出すと、夏が近いと分かる。
13:29そのように、これらのことが起こるのを見たら、戸口まで近づいていると知りなさい。84
13:30確かにあなたがたに言う。これらすべてが起こるまで、この時代の人々は決して過ぎ去らない。85
13:31天と地は過ぎ去る。しかし私の言葉は、決して過ぎ去らない。
13:32ただし、その日やその時刻は、誰も知らない。天の天使たちも、子も知らず、父だけがご存じだ。
13:33気をつけて、眠らずにいなさい。その時がいつなのか、あなたがたは知らないからだ。
13:34それは、家を離れて旅に出る人のようなものだ。奴隷たちに権限を与え、それぞれに仕事を割り当て、門番には目を覚ましているよう命じる。
13:35だから、目を覚ましていなさい。家の主人がいつ帰るか、夕方か、真夜中か、鶏の鳴くころか、朝か、あなたがたは知らない。
13:36主人が突然帰り、あなたがたが眠っているのを見つけることのないように。
13:37あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい」。
第14章
14:1過越祭と除酵祭まで、あと二日だった。祭司長たちと律法学者たちは、策略によってイエスを捕らえ、殺す方法を探していた。
14:2ただし、「民衆が騒ぎ出すかもしれないから、祭りの間はいけない」と言っていた。
14:3イエスがベタニアで、重い皮膚病の人シモンの家で食卓に着いておられると、一人の女性が、高価な純粋のナルドの香油を入れた石膏の壺を持って来た。彼女は壺を割り、イエスの頭に香油を注いだ。86
14:4すると何人かが憤り、互いに言った。「なぜ、香油をこんなに無駄にしたのか。
14:5この香油なら、三百デナリオン以上で売って、貧しい人々に与えられたのに」。そして彼女を厳しく責めた。
14:6しかしイエスは言われた。「その人を放っておきなさい。なぜ困らせるのか。私に、よいことをしてくれたのだ。
14:7貧しい人々は、いつもあなたがたと一緒にいる。したいときには、いつでもその人たちによいことができる。しかし私は、いつも一緒にいるわけではない。
14:8この人は、自分にできることをした。私の体にあらかじめ香油を塗り、埋葬の備えをしてくれたのだ。
14:9確かにあなたがたに言う。全世界のどこで福音が告げ知らされても、この人のしたことも、その人を記念して語られる」。
14:10十二人の一人、イスカリオトのユダは、イエスを引き渡そうと、祭司長たちのもとへ行った。
14:11彼らはそれを聞いて喜び、金を与えると約束した。ユダは、都合よくイエスを引き渡せる機会を探していた。
14:12除酵祭の最初の日、過越の小羊を屠る日に、弟子たちはイエスに言った。「過越の食事をなさるために、どこへ行って用意をすればよいでしょうか」。87
14:13イエスは弟子の二人を遣わして言われた。「町へ行きなさい。水の壺を運ぶ男に出会う。その人について行きなさい。
14:14その人が入った家の主人に、『先生がこうおっしゃっています。弟子たちと過越の食事をする、私の客間はどこですか』と言いなさい。
14:15主人は、席が整えられ、用意のできた二階の大きな部屋を見せてくれる。そこで私たちのために準備しなさい」。
14:16弟子たちは出かけて町に入り、イエスの言われたとおりに見つけ、過越の食事を用意した。
14:17夕方、イエスは十二人と共に来られた。
14:18一同が席に着いて食べていると、イエスは言われた。「確かにあなたがたに言う。あなたがたの一人、私と一緒に食べている者が、私を引き渡す」。
14:19弟子たちは悲しみ始め、一人また一人と尋ねた。「まさか、私ではないでしょうね」。
14:20イエスは言われた。「十二人の一人、私と一緒に鉢に手を浸す者だ。
14:21というのも、人の子は、自分について書かれているとおりに去って行くからである。しかし、人の子がその人を通して引き渡される、その人は何と災いなことか。その人は、生まれなかったほうがよかった」。
14:22食事の間に、イエスはパンを取り、祝福の祈りを唱えて裂き、弟子たちに与え、言われた。「取りなさい。これは私の体だ」。
14:23また杯を取り、感謝をささげて渡された。一同は皆、その杯から飲んだ。
14:24イエスは言われた。「これは私の血、多くの人のために流される契約の血だ。88
14:25確かにあなたがたに言う。神の国で新たに飲むその日まで、私はもう決して、ぶどうの実からできたものを飲まない」。
14:26一同は賛歌を歌い、オリーブ山へ出て行った。
14:27イエスは言われた。「あなたがたは皆、つまずく。『私は羊飼いを打つ。すると羊は散らされる』と書かれているからだ。89
14:28しかし私は、起こされた後、あなたがたに先立ってガリラヤへ行く」。
14:29ペトロは言った。「たとえ皆がつまずいても、私はつまずきません」。
14:30イエスは言われた。「確かにあなたに言う。今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、あなたは三度、私を知らないと言う」。
14:31ペトロは、ますます強く言い張った。「たとえ、あなたと一緒に死ななければならなくても、決して、あなたを知らないとは言いません」。皆も同じように言っていた。
14:32一行はゲツセマネという場所に来た。イエスは弟子たちに言われた。「私が祈る間、ここに座っていなさい」。
14:33そしてペトロ、ヤコブ、ヨハネを連れて行かれた。イエスは強い恐れと苦悶に襲われ始め、
14:34彼らに言われた。「私の心は、死ぬほど悲しい。ここにとどまり、目を覚ましていなさい」。
14:35少し先へ進んで地に伏し、できることなら、その時がご自分を過ぎ去るようにと祈り、
14:36こう言われた。「アッバ、父よ、あなたにはすべてが可能です。この杯を私から取り去ってください。しかし、私の望むことではなく、あなたの望まれることを」。90
14:37戻って来ると、弟子たちが眠っているのを見て、ペトロに言われた。「シモン、眠っているのか。一時間も目を覚ましていられなかったのか。
14:38試みに陥らないように、目を覚まして祈りなさい。霊は進んでいても、肉は弱い」。91
14:39イエスは再び離れて行き、同じ言葉を口にして祈られた。
14:40また戻って来ると、弟子たちは眠っていた。まぶたが重くなっていたのである。彼らは何と答えてよいか分からなかった。
14:41イエスは三度目に戻って来て言われた。「まだ眠って、休んでいるのか。もうよい。時が来た。見よ、人の子は罪人たちの手に引き渡される。92
14:42立ちなさい。行こう。見よ、私を引き渡す者が近づいた」。
14:43するとすぐに、まだ話しておられるうちに、十二人の一人、ユダが現れた。剣や棒を持った群衆も、祭司長たち、律法学者たち、長老たちのもとから、一緒に来ていた。
14:44イエスを引き渡す者は、前もって彼らに合図を決めていた。「私が口づけするのが、その人だ。捕らえて、しっかり警護して連れて行け」。
14:45ユダは来るとすぐにイエスに近づき、「ラビ」と言って口づけした。
14:46人々はイエスに手をかけ、捕らえた。
14:47すると、そばにいた者の一人が剣を抜き、大祭司の奴隷に打ちかかって、片耳を切り落とした。
14:48イエスは人々に言われた。「強盗に向かうように、剣や棒を持って、私を捕らえに来たのか。
14:49私は毎日、神殿であなたがたと一緒にいて教えていたのに、あなたがたは私を捕らえなかった。しかし、これは聖書が成就するためだ」。117
14:50皆はイエスを見捨てて逃げた。
14:51一人の若者が、素肌に亜麻布をまとってイエスについて来ていた。人々がその若者を捕まえると、
14:53人々はイエスを大祭司のもとへ連れて行った。祭司長たち、長老たち、律法学者たちが皆、集まった。
14:54ペトロは遠くからついて行き、大祭司の屋敷の中庭まで入った。そして下役たちと一緒に座り、火にあたっていた。
14:55祭司長たちと最高法院の全体は、イエスを死刑にするため、訴えの証言を探していたが、見つからなかった。
14:56多くの者がイエスに不利な偽証をしたが、証言は一致しなかったのである。
14:57何人かが立ち上がり、イエスに対して偽証した。
14:58「この男が、『私は、人の手で造られたこの聖所を壊し、三日の間に、人の手によらない別の聖所を建てる』と言うのを、私たちは聞きました」。118
14:59しかし、この点でも彼らの証言は一致しなかった。
14:60大祭司は真ん中に立ち上がり、イエスに尋ねた。「何も答えないのか。この者たちがお前に不利な証言をしているのは、どういうことか」。
14:61イエスは黙ったまま、何もお答えにならなかった。大祭司は再び尋ねた。「お前は、ほむべき方の子、キリストなのか」。
14:62イエスは言われた。「私がそうだ。そしてあなたがたは、人の子が力ある方の右に座り、天の雲と共に来るのを見る」。94
14:63大祭司は自分の衣を引き裂いて言った。「もう何のために証人が必要だろうか。
14:64あなたがたは冒瀆を聞いた。どう判断するか」。一同は皆、イエスは死に値すると断罪した。
14:65何人かがイエスに唾をかけ、顔を覆って殴り、「預言してみろ」と言い始めた。下役たちもイエスを引き取り、平手で打った。
14:66ペトロが下の中庭にいると、大祭司に仕える女奴隷の一人が来た。
14:67ペトロが火にあたっているのを見て、じっと顔を見つめ、言った。「あなたも、ナザレのイエスと一緒にいた」。
14:68ペトロは否定して言った。「あなたの言うことは、知らないし、何のことか分からない」。そして外の前庭へ出て行った。鶏が鳴いた。
14:69女奴隷は彼を見て、また、そばに立っていた人々に言い始めた。「この人も、あの仲間です」。
14:70ペトロは再び否定した。しばらくすると、そばに立っていた人々がまた言った。「確かに、あの仲間だ。ガリラヤ人だし、話し方も同じだから」。
14:71ペトロは呪いをかけて誓い始めた。「あなたがたの言う、そんな男は知らない」。95
14:72するとすぐに、鶏が二度目に鳴いた。ペトロは、「鶏が二度鳴く前に、あなたは三度、私を知らないと言う」とイエスが語られた言葉を思い出し、泣き崩れた。96
第15章
15:1朝になるとすぐに、祭司長たちと最高法院全体は、長老たちや律法学者たちと共に協議し、イエスを縛って連れ出し、ピラトに引き渡した。
15:2ピラトは尋ねた。「お前はユダヤ人の王なのか」。イエスは答えられた。「あなたがそう言っています」。97
15:3祭司長たちは、多くのことでイエスを訴えていた。
15:4ピラトは再び尋ねた。「何も答えないのか。見よ、こんなに多くのことで訴えているではないか」。
15:5しかしイエスは、もう何もお答えにならず、ピラトは驚いた。
15:6祭りのたびに、ピラトは人々の求める囚人一人を釈放していた。
15:7さて、バラバと呼ばれる男が、暴動の際に人を殺した暴徒たちと共に、牢につながれていた。
15:8群衆は上って来て、いつものようにしてほしいと求め始めた。
15:9ピラトは言った。「ユダヤ人の王を、お前たちに釈放してほしいのか」。
15:10祭司長たちがねたみのためにイエスを引き渡したことを、知っていたのである。
15:11しかし祭司長たちは、代わりにバラバを釈放してもらうよう、群衆を扇動した。
15:12ピラトは重ねて言った。「では、お前たちがユダヤ人の王と呼ぶ者を、どうしてほしいのか」。
15:13人々はまた叫んだ。「十字架につけろ」。
15:14ピラトは言った。「いったい、どんな悪事を働いたのか」。しかし人々はますます激しく、「十字架につけろ」と叫んだ。
15:15ピラトは群衆を満足させようとして、バラバを釈放し、イエスを鞭打たせて、十字架につけるために引き渡した。
15:16兵士たちはイエスを、総督官邸と呼ばれる建物の中庭へ連れて行き、全部隊を呼び集めた。
15:17そして紫の衣を着せ、茨の冠を編んでかぶせ、
15:18「ユダヤ人の王、万歳」と挨拶し始めた。
15:19葦の棒で頭をたたき、唾をかけ、ひざまずいてひれ伏した。
15:20あざけった後、紫の衣を脱がせ、元の衣を着せた。そして十字架につけるため、外へ連れ出した。
15:21そこへ、キュレネ人シモンという人が、村里から来て通りかかった。アレクサンドロとルフォの父である。兵士たちは、その人に無理にイエスの十字架を負わせた。
15:22イエスをゴルゴタという場所へ連れて行った。訳すと「頭蓋骨の場所」という意味である。
15:23没薬を混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはお受けにならなかった。
15:24兵士たちはイエスを十字架につけ、誰が何を取るかをくじで決めて、その衣を分け合った。
15:26罪状書きには、「ユダヤ人の王」と記されていた。
15:27また、二人の強盗を、イエスと共に十字架につけた。一人は右に、もう一人は左に。99
15:29通りがかった人々は、頭を振りながらイエスをののしった。「おや、聖所を壊して三日の間に建てる者よ、
15:30十字架から下りて、自分を救ってみろ」。
15:31祭司長たちも、律法学者たちと一緒になってあざけり、互いに言った。「ほかの者を救ったのに、自分は救えない。
15:32キリスト、イスラエルの王なら、今、十字架から下りるがよい。それを見たら信じよう」。一緒に十字架につけられた者たちも、イエスを責めていた。
15:33第六時になると、全地が暗闇に覆われ、第九時まで続いた。100
15:34第九時に、イエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。訳すと、「私の神、私の神、なぜ私をお見捨てになったのですか」という意味である。101
15:35そばに立っていた人々の何人かは、これを聞いて言った。「ほら、エリヤを呼んでいる」。
15:36ある人が走り寄り、海綿に酸いぶどう酒を含ませて葦の棒につけ、イエスに飲ませようとして言った。「待て。エリヤが来て、この人を下ろすかどうか見よう」。
15:37しかしイエスは、大声を上げて息を引き取られた。
15:38聖所の垂れ幕が、上から下まで二つに裂けた。
15:39イエスの正面に立っていた百人隊長は、このように息を引き取られたのを見て言った。「本当に、この人は神の子だった」。102
15:40遠くから見ていた女性たちもいた。その中には、マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、サロメがいた。103
15:41この人たちは、イエスがガリラヤにおられたとき、従って来て仕えていた。また、イエスと共にエルサレムへ上って来た、ほかの多くの女性たちもいた。
15:42もう夕方になっていた。その日は準備の日、すなわち安息日の前日だったので、
15:43アリマタヤのヨセフが来た。尊敬される議員で、自分も神の国を待ち望んでいた人である。彼は勇気を出してピラトのもとへ入り、イエスの体を引き取ることを願い出た。
15:44ピラトは、もう死んだのかと驚き、百人隊長を呼んで、死んでからしばらくたったのか尋ねた。
15:45百人隊長から確かめると、遺体をヨセフに与えた。
15:46ヨセフは亜麻布を買い、イエスを下ろしてその布で包み、岩を掘って造った墓に納めた。そして墓の入り口に石を転がしておいた。
15:47マグダラのマリアとヨセの母マリアは、イエスがどこに納められたかを見ていた。
第16章
16:1安息日が過ぎると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、行ってイエスに塗るために香料を買った。
16:2週の最初の日のごく早朝、日が昇ったころ、墓へ向かった。
16:3彼女たちは互いに言っていた。「誰が、私たちのために墓の入り口の石を転がしてくれるでしょうか」。
16:4ところが、顔を上げて見ると、石はすでに転がしてあった。非常に大きな石だったのである。
16:5墓の中に入ると、白い長衣をまとった若者が右側に座っているのを見て、彼女たちは驚きおののいた。
16:6若者は言った。「驚いてはならない。あなたがたは、十字架につけられたナザレのイエスを捜している。あの方は起こされた。ここにはおられない。見なさい。ここは人々があの方を納めた場所だ。104
16:7さあ、行って、あの方の弟子たちとペトロに伝えなさい。『あの方はあなたがたに先立ってガリラヤへ行かれる。お話しになったとおり、そこであなたがたはあの方を見る』と」。
16:8彼女たちは外へ出て、墓から逃げ去った。震えと驚きにとらわれていたからである。そして誰にも何も話さなかった。恐れていたからである。105 ⟦しかし、命じられたことをすべて、ペトロの周りの人々に手短に知らせた。その後、イエスご自身も、彼らを通して、東から西に至るまで、永遠の救いについての聖なる朽ちない宣教を送り出された。アーメン。⟧106
16:9⟦イエスは週の最初の日の朝早く復活すると、まずマグダラのマリアに現れられた。彼女は、イエスが七つの悪霊を追い出された女性である。107
16:10マリアは出かけ、イエスと共にいた人々が嘆き悲しんで泣いているところへ、知らせを伝えた。
16:11しかし彼らは、イエスが生きておられ、マリアがその姿を見たと聞いても、信じなかった。
16:12その後、彼らのうち二人が田舎へ向かって歩いていると、イエスは別の姿で現れられた。
16:13二人も戻って、残りの人々に知らせた。しかし彼らは、この二人のことも信じなかった。
16:14その後、十一人が食卓に着いていると、イエスは彼らに現れ、その不信仰と心のかたくなさを責められた。起こされたイエスを見た人々を、信じなかったからである。
16:15そして言われた。「全世界に行き、すべての造られたものに福音を告げ知らせなさい。
16:16信じて洗礼を受ける者は救われる。しかし、信じない者は有罪とされる。
16:17信じる者たちには、これらのしるしが伴う。私の名で悪霊を追い出し、新しい言葉で語り、
16:18蛇を取り上げ、たとえ死をもたらすものを飲んでも、決して害を受けない。病人に手を置けば、その人はよくなる」。108
16:19主イエスは、彼らに語られた後、天に上げられ、神の右に座られた。
16:20彼らは出て行き、至る所で告げ知らせた。主も共に働き、伴うしるしによって、その言葉を確かなものにされた。⟧
訳注
- 1:1。固定SBLGNTの本文は「イエス・キリストの福音」で、「神の子」を含まない。公式校異装置は「神の子」を持つ比較本文を示すが、本訳へ補わない。χριστόςは「油を注がれた者」という称号。「福音」は善い知らせを意味する。冒頭の名詞句を、本文にない動詞で完結させずに訳した。 ↩
- 1:2–3。底本の帰属は「預言者イザヤ」。引用の前半は出エジプト23:20、マラキ3:1との関連、後半はイザヤ40:3を念頭に置く形と理解される。これはマルコ内の文言の作業上の同定であり、旧約の別一次資料との詳細照合は未実施。「使い」のἄγγελοςは、人間の使者にも天使にも用いられる。 ↩
- 1:4。βάπτισμα μετανοίαςは「悔い改めの洗礼」、εἰς ἄφεσιν ἁμαρτιῶνは「罪の赦しへ/罪の赦しのために」。洗礼と悔い改めと赦しの関係を、一つの制度的説明へ置き換えない。この節は洗礼の施式方法の全細部を説明していない。 ↩
- 1:15。καιρόςは定められた時・機会。ἤγγικενは「近づいた」という完了形で、近づいている現在の状態を含む。βασιλείαは領域だけでなく王としての支配も指す。「神の国」の到来を、単に死後の行き先と限定しない。 ↩
- 1:24。「私たちとあなたに何があるか」という慣用句を「私たちに何の用があるのですか」と訳した。複数の「私たち」と単数の「私は知っている」の切り替わりを保つ。「神の聖なる方」は原文の称号で、訳者が追加した説明ではない。 ↩
- 1:38。ἐξῆλθονは「私は出て来た」。祈りの場所や町から出たことと、宣教の使命を帯びて来たことの両方が文脈上問題となる。本文には出発元を追加しない。 ↩
- 1:40。λεπρός/λέπραを「重い皮膚病/皮膚病」と訳す。古代の分類を現代の特定の疾患と同一視しない。καθαρίζωは「清める」で、単に身体が治ることだけでなく、清浄についての文脈を持つ。 ↩
- 1:41。固定SBLGNTはὀργισθείς「怒って」を採用する。公式装置にはσπλαγχνισθείς「深く憐れんで」という比較読みもあるが、差し替えない。怒りの対象や理由はこの節に明示されず、病人への怒り、病への怒りなどと本文で決めつけない。 ↩
- 1:44。「彼らへの証し」となること。代名詞の対象は祭司を含む人々と理解できるが、この句だけから全範囲は確定しない。清めの規定はレビ14章との関連が想定される。ここでは本書内の指示を訳した。 ↩
- 2:10。「人の子」はὁ υἱὸς τοῦ ἀνθρώπου。イエスがご自分を語る際の表現を一貫して保持する。ダニエル7章との関連を持つと解されるが、各発言の意味をその典拠だけで説明し尽くさない。途中で麻痺した人への発話に移る構造を保持した。ἵνα「…を知るために」で始まる発言が主節のないまま中断し、麻痺した人への言葉に移るため、ダッシュを用いた。2:5、9のἀφίενταιは現在受動形であり、「いま赦される」は発言時の宣言として訳したもので、未来の約束に限定しない。 ↩
- 2:15。「彼の家」の家主を文脈からレビと取った。主語のイエスと家主のレビはいずれも代名詞で表され、語形だけで完全に確定するわけではない。「罪人」は場面における人々の分類を訳すもので、訳者が現代の特定集団を指定する呼称ではない。後半の「大勢」は直前の徴税人・罪人を受けると取ったが、弟子たちを受ける読みも検討できる。代名詞αὐτῷはここではイエスを指すと判断した。 ↩
- 2:26。ἐπὶ Ἀβιαθὰρ ἀρχιερέωςを「アビアタルが大祭司であったころ」と訳す。アビアタルという底本の名前を、別の人物名へ修正しない。ダビデと供えのパンの物語はサムエル記上21章との関連箇所だが、その別本文との整合性はここで解決済みとしない。 ↩
- 3:14–16。底本には3:14の「使徒とも名づけた」に当たる句がなく、3:16の「十二人を選び立て」の反復がある。省略・補完して他の本文形へ合わせない。ペトロはΠέτροςの音写で、岩・石を表す語と結びつく名。 ↩
- 3:18。Καναναῖοςを「カナナイ」と音写する。この語の由来・具体的な所属は本工程で別資料から確認しておらず、本文にない地名・近代の民族名・政治組織名へ置き換えない。 ↩
- 3:21。οἱ παρʼ αὐτοῦは「彼の側の人々/身内の者たち」。3:31以下とのつながりから「身内」と取った。「正気を失った」と言っている主語は明示名詞で繰り返されないため、周囲の人々の評判を聞いたとする読みもあり得る。本訳は直前の身内の者たちを主語としてつないだ。 ↩
- 3:28–30。3:28の「人の子ら」は、人間たちを意味する複数形で、イエスの称号の単数形「人の子」と区別する。3:29は「永遠の罪」αἰώνιον ἁμάρτημαという底本の読み。3:30は、この厳しい言葉を汚れた霊という非難に結びつける説明であり、切り離さず読む。 ↩
- 4:11–12。μυστήριονは秘められていたこと・秘義。「外にいる人々」と内側の人々との対比を保つ。ἵναとμήποτεによる目的・防止の厳しい形を、単なる結果や「いつか赦されるため」と逆転させず訳した。イザヤ6:9–10を踏まえる引用形。神学的な解決を本文へ加えない。引用を導く独立の発言ではなく4:11に続くἵνα節として訳し、二重かぎ括弧を付けない。 ↩
- 4:17。σκανδαλίζονταιは「つまずく」。ここでは迫害によって言葉を受け入れ続けられなくなることを含む。単に感情を害するという意味に狭めない。 ↩
- 4:22。原文は、隠されているのは明らかにされるため、秘められたのは表に出るため、という目的の構造を持つ。単に「いつか分かる」とするより、隠すことと明らかにすることの関係を示す言い方を採った。 ↩
- 4:31–32。からしの種の小ささと成長の対比は本文のたとえの言い方として訳す。全植物の分類学的な最小値を論証する文章へ読み替えない。「野菜」はλάχαναで、栽培する草本を含む。 ↩
- 5:9。Λεγιώνはローマの軍団を指す語の音写。本文自身は「私たちは大勢いるから」と説明する。軍団の人数をこの霊の正確な数として追加しない。単数と複数の切り替わりを保つ。 ↩
- 5:19–20。イエスの指示では「主がしたこと」、報告では「イエスがしたこと」となる。デカポリスは「十の町」を意味する地域名。町の一覧や正確な行政範囲の調査は本工程では行っていない。 ↩
- 5:23、28、34、6:56、10:52。σῴζωは救う・危険から助ける・病から治すことに用いられる。これらでは治癒が明白な文脈だが、「信仰があなたを救った」という反復とのつながりも保ち、「救う」を用いた。5:29のἰάομαιは「癒やす」と訳し分ける。 ↩
- 5:36。παρακούσαςは「聞きつける/聞き流す」の意味を取り得る。本訳は発言を耳にしたこととして訳すが、内容に取り合わなかったという含みも文脈に合う。「聞かなかった」とするのではない。 ↩
- 5:41。タリタ・クムは原文中に音写されたセム語の発話。続くギリシア語の説明をそのまま日本語にした。「あなたに言う」はギリシア語の説明に含まれ、訳者が付け加えた呼びかけではない。 ↩
- 6:3。τέκτωνは木工を含む手仕事の職人。本訳では仕事の範囲を狭く固定せず「職人」とした。底本はイエスご自身をそう呼び、「マリアの息子」とする。「大工の息子」へ置き換えない。兄弟・姉妹の親族関係の詳細は本文の語だけから追加しない。 ↩
- 6:5–6。「できなかった」はοὐκ ἐδύνατο、「不信仰」はἀπιστία。「しなかった」と意志の問題に置き換えず、原文の表現を保つ。イエスの能力についての体系的説明を訳文へ足さない。 ↩
- 6:8–9。杖は携行禁止の例外であり、履物については「履いている」状態を指示する分詞を用いる。単なる許可の言い方にせず「履いて行き」とした。他の福音書の派遣命令から禁止を混入しない。χιτώνは肌に近い衣で、「下着」は現代の下着とまったく同じ形状を意味しない。 ↩
- 6:22。固定本文はτῆς θυγατρὸς αὐτῆς τῆς Ἡρῳδιάδος、「ヘロディア本人の娘」。娘をヘロディアという名のヘロデの娘とする読みへ切り替えない。本節には少女自身の名前は書かれていない。 ↩
- 6:37。デナリオンは貨幣単位。ここでは原文の二百という金額を保ち、現代円の価格や一定の年収へ換算しない。 ↩
- 6:48。夜の第四の見張り時は、夜を四分する数え方の最後の区分、概ね明け方までの時間帯を指す。「通り過ぎようとされた」はἤθελεν παρελθεῖν αὐτούςで、不可解さを消すために「通り過ぎるふりをした」とはしない。神の顕現との関連を論じるには別の資料照合を要する。 ↩
- 6:50、52。ἐγώ εἰμιは「私だ/私はある」。ここでは恐れている弟子たちへの自己確認として訳した。この短句だけに特定の神名の訳を代入しない。6:52のπεπωρωμένηは完了受動分詞で、「心がかたくなにされた状態だった」という形。行為者は明示されず、結果の状態を表す日本語として「かたくなになっていた」を用いた。神がそうしたと本文に補わない。 ↩ ↩
- 7:3–4。πυγμῇは字義上「拳で」。具体的な洗い方が明確でないため、儀礼を守ってよく洗う趣旨で「念入りに」としたが、語義上の不確実性は残る。7:4の身を洗うことと器の洗浄を、近代の衛生習慣だけに置換しない。「ユダヤ人は皆」は著者の一般化として訳しており、全時代の全ユダヤ人への実証的な断定ではない。7:4のβαπτίσωνταιは三人称複数の中動形で、ここでは人々が身を洗うと取った。「市場からの品物を洗う」という別解は目的語等の補いを要するため、同程度に確実な訳として本文へ加えない。 ↩
- 7:6–7。イザヤ29:13を踏まえる引用。「偽善者」はὑποκριταί、「空しく」はμάτην。批判の強さを保つが、現代の集団に対象を拡張しない。 ↩
- 7:10。出エジプト20:12/申命記5:16、出エジプト21:17/レビ20:9との関連箇所。本書が並べている二つの発言を、その順序で訳した。 ↩
- 7:11–13。Κορβᾶνは本書自身が「供え物」と説明する語。父母を助けるはずの財産を神への供え物と宣言する事例として、発話を日本語で補いながら訳した。現実の献納手続きの全体や、宣言後の財産処分を本節だけから復元しない。 ↩
- 7:15–17。固定本文には7:16がなく、15節から17節へ続く。本文を補充せず番号を保つ。「汚す」はκοινόωで、清浄・汚れをめぐる議論の語。 ↩
- 7:19。καθαρίζωνは男性単数の分詞。イエスを主語とする語り手の説明と取り、「こうしてイエスは、すべての食べ物を清いものとされた」と訳す。「すべての食べ物を排出して清める」と消化過程に結びつける読みも論点になるが、この男性形と発話の句切りに基づき本訳を採用した。原文に「宣言した」という独立動詞があるわけではない。 ↩
- 7:22。「よこしまな目」はὀφθαλμὸς πονηρός、字義上「悪い目」。ねたみ・物惜しみ・他者への悪意などの含みが検討されるため、一つの心理だけに限定しない訳とした。「冒瀆」はβλασφημίαで、神への冒瀆だけでなく人への中傷も文脈に含み得る。 ↩
- 7:26。Ἑλληνίςは「ギリシア人の女性」。この文脈ではユダヤ人でない文化的・宗教的な位置づけを含むと理解される。地理的な出自は続く「シリア・フェニキア人」が別に述べる。両方を一つの民族名へまとめない。 ↩
- 7:27–28。κυνάριαは犬の指小形で「小犬」。「まず」という順序と、女性が同じ比喩を引き継いで答えることを保つ。指小形だけを理由に発言の厳しさが完全に消えるとも、女性の実際の社会的身分を言い切るものとも説明しない。底本の返答には独立した「はい」はない。27節のἌφεςは「そうさせておけ」という女性への命令で、χορτασθῆναιは「満腹にされる」という受動不定詞。女性が子どもへ食事を提供せよという意味に限定しない。27節はτέκνα、28節の返答はπαιδίαという別の語で子どもを呼ぶが、訳文では共に「子ども」とした。 ↩
- 7:34。「エッファタ」の原語音写と、本文に付された「開け」という説明を両方残す。7:33の唾と舌への接触を、本文にない施術方法や医学的説明で補わない。 ↩
- 8:12。εἰ δοθήσεταιは形の上では「もし与えられるなら」で、帰結を省いた誓いの強い否定として「決して与えられない」と訳した。ほかの福音書の「ヨナのしるし」を加えない。 ↩
- 8:15。ζύμηは発酵させるパン種。ここでは警告の比喩であり、本文にない具体的な教義や陰謀の一覧に置き換えない。底本は「ヘロデ」で、「ヘロデ派」という語ではない。 ↩
- 8:29。ὁ χριστόςは「キリスト」、油を注がれた者という称号。「生ける神の子」など、他の福音書にある答えを付け足さない。 ↩
- 8:33–34。ὀπίσω μουは「私の後ろに」。33節の命令と34節の「私の後に来る」の言葉のつながりを保つ。「サタン」は発言中の呼びかけをそのまま訳し、ペトロの性質についての独立した説明へ変えない。 ↩
- 8:34–37。ψυχήは「命」であり、その人自身・生きる自己も含む。「魂」と「身体」を分離する語として機械的に訳さず、救う/失う/引き換えるの連鎖を保つ。34節の「自分を否む」はἀπαρνέομαιで、自己を否認することを表す。14:30、31、72でペトロがイエスを「知らないと言う」と訳す動詞と同じである。 ↩
- 8:38。μοιχαλίςは字義上「姦淫する女」で、ここではγενεά「時代の人々」を形容する。神への不実を示す比喩として「神に背き」と訳した。文字どおりの姦淫という原語の厳しい比喩を、この注で明示する。 ↩
- 9:1。「神の国が来た状態を見る」という完了形の分詞ἐληλυθυῖανを反映した。続く変貌の出来事との物語上の近接はあるが、この発言の指示先を変貌・復活・終末などの一つに本文で固定しない。 ↩
- 9:12–13。エリヤの到来と、苦しみを受ける人の子という問いが並ぶ構造を保つ。13節は本書のヨハネの物語と結びつけて読めるが、本文にはここでヨハネという名は出ない。「彼について書かれている」の正確な引用元は本工程では確定していない。12節前半は底本の句読とμένの対比に従い平叙文に取った。語形だけなら「エリヤがまず来て、すべてを元に戻すというのか」と問いとして読む余地もあるが、本訳では後半の「なぜ」に続く問いと区別する。 ↩
- 9:23–24。イエスは父の「もしできるなら」を取り上げて応じる。父の返答では「信じる」と「不信仰」が同時に表される。矛盾を解消するために、初めから完全な確信を持つ人の発言へ改変しない。「私の不信仰をお助けください」は、不信仰の中にある自分を助けてほしいという願い。 ↩
- 9:29。固定本文は「祈り」によるとし、「断食と」に当たる句を含まない。他の読みから補わない。 ↩
- 9:42。「小さな者たち」は直前の子どもや信じる人々とのつながりを持つが、年齢だけで範囲を限定しない。ろばのひく石臼は、大きな石臼を表す。つまずかせることの重大さを極端な比較で語る発言。 ↩
- 9:43、45、47。ゲヘナはγέενναという裁きの場所の呼称。手・足・目を取り去る強烈な表現を保持する。罪への徹底した決別を迫る誇張的な警告として読むもので、訳注から実際の自傷行為を勧めるものではない。固定本文に9:44、46はなく、番号を詰めない。 ↩
- 9:48。イザヤ66:24を踏まえる表現。原文の「彼らの蛆」「火は消えない」を保持し、滅びの仕組みや期間について本文にない説明を追加しない。 ↩
- 9:49–50。「火によって塩をつけられる」はπυρὶ ἁλισθήσεταιという比喩。試練・清め・いけにえなどとの関係が論点となるが、原文にない比喩の答えを本文へ入れない。底本には「すべてのいけにえは塩で…」という追加句はない。50節の「自分たちの内に」は、個人の内面と共同体内の双方に響き得る。 ↩
- 10:2。固定本文には質問者を「ファリサイ派の人々」と明記する句がない。前後の主語として「人々」を補った。離縁の問いであって、別の福音書の例外条項をこの問答へ加えない。 ↩
- 10:6–8。創世記1:27、2:24を踏まえる引用。「神は」は文脈上の主語を日本語で補ったもの。「一つの肉」はμία σάρξで、肉体だけを切り離す説明とせず、結びついた二人を語る表現として保持する。 ↩
- 10:15。ὡς παιδίονは「子どものように」。子どものように受け入れる読みを採った。子どもを受け入れるように神の国を受け入れるという理解も検討対象となる。「純真さ」など特定の子どもの性質は本文に明記されない。 ↩
- 10:24–25。固定本文の24節には「富に頼る者が」に当たる限定がない。「神の国に入る」ことの難しさを一般的な形で述べ、続く金持ちの例へつなぐ。25節の「針の穴」は原文どおりで、実在を確認していない城門名などに置き換えない。 ↩
- 10:29–30。29節の列挙はἢ「または」、30節はκαί「そして」で連なる。30節では母は挙がるが、父は繰り返されない。μετὰ διωγμῶν「迫害と共に」は受けることに伴う状況であり、百倍受ける品目へ迫害を加えず「迫害を伴いながら」とした。百倍という発言を、投資の収益保証のような説明へ変えない。 ↩
- 10:38–40。杯を飲むことと洗礼を受けることが、これからの受難を語る比喩として並ぶ。洗礼という語を、ここだけ「苦難」に置換して比喩を消さない。40節では、誰が席を備えたかを明示する主語はなく、訳文でも加えない。οἷςは「その人々のために」という与格で、備えられているのは人々自身ではなく座る席・座ること。人々が備えられるのではなく、その人々のために席が備えられるという関係を訳した。 ↩
- 10:45。λύτρονは解放のために支払う代価・身代金、ἀντίは代わりにという関係を表す。「多くの人に代わる身代金」と訳した。代価の受取人、贖いの仕組み、多くの人の人数について、この句にない説明を足さない。 ↩
- 10:51。Ραββουνιは呼びかけの音写。ラビと同系の敬称として、原語の響きを残した。「見えるように」のἀναβλέπωは、視力を回復する意味と、見えるようになる意味で用いられる。この人の発病時期は本文に書かれていない。 ↩
- 11:2–3。πῶλοςは若い家畜を指す語で、この場面では子ろばと取った。3節後半は、主がすぐ返すという返却の言葉と解釈し、前半と続く発言の内側に置いた。別の句切り・主語の理解も可能。「主」はκύριοςで、「主人」という意味も持つ。 ↩
- 11:9–10。ホサナは、救いを願うセム語の表現に由来する歓呼として音写した。9節の祝福は詩編118:26を踏まえる。10節のダビデの国への歓呼と区別し、どちらも残す。 ↩
- 11:13。「いちじくの季節ではなかった」という語り手の説明を保持する。木をめぐる行動は神殿の場面の前後に配置されるが、植物学的な説明や特定の象徴解釈で、この文を打ち消さない。 ↩
- 11:17。イザヤ56:7とエレミヤ7:11を踏まえる。「すべての民族のため」を省略しない。「強盗の巣」は盗賊の隠れ場所という比喩で、境内での売買だけに狭めた説明は本文に追加しない。 ↩
- 11:22。Ἔχετε πίστιν θεοῦを、神を対象とする信仰として「神への信仰を持ちなさい」と訳した。4:40にも「信仰を持つ」という構文がある。Ἔχετεの形は直説法「あなたがたは持つ」とも同形だが、続く勧めから命令として取る。属格だけから「神が持つ信仰」と断定しない。 ↩
- 11:24。ἐλάβετεはアオリストで「受けた」。将来の実現を祈る際に、受領への確信を求める語り方を保持し、単に「いつか受けるだろう」へ弱めない。 ↩
- 11:25–27。固定本文に11:26はない。赦しについての発言を他の本文から補わず、25節で閉じた後、27節の場面へ移る。 ↩
- 12:1。ぶどう園、垣、搾り場、塔という描写はイザヤ5章との関連を想起させる。ここでは物語そのものを訳し、登場人物を現代の民族・宗教集団と一対一に対応させる解説を本文へ加えない。 ↩
- 12:10–11。詩編118:22–23を踏まえる。κεφαλὴ γωνίαςは「隅の頭」となる石で、「隅の頭石」とした。建築上の位置の詳しい復元までは本訳で確定しない。 ↩
- 12:17。ἀπόδοτεは「返せ/支払え/当然のものを渡せ」。「返しなさい」として、直前の肖像と銘の問いとのつながりを保つ。国家と宗教の関係についての近代的な制度論を、この短い答えへ代入しない。 ↩
- 12:19。申命記25:5–6を踏まえる事例。σπέρμαは種・子孫を指す。亡くなった兄弟のために子孫を残すという原文の目的を保つ。 ↩
- 12:26。出エジプト3:6を踏まえる。ἐπὶ τοῦ βάτουは茨の場面を指す参照表現であり、本訳では「茨の箇所」。イエスの議論を、本文にない時制論の説明へ置き換えない。 ↩
- 12:29–31。申命記6:4–5とレビ19:18を踏まえる。「唯一の主」はκύριος εἷςで、唯一性を表す読みを採る。30節の心・命・思い・力は、人間を四つの独立した部品に分けるための一覧とは限らない。33節の返答では列挙が異なるので、その違いを保持する。 ↩
- 12:36。詩編110:1を踏まえる。「主」と「私の主」という二つの呼称を、そのまま区別した。「足台」という別形を代入せず、この底本の「足の下」を訳す。 ↩
- 12:42。二レプトンが一コドラントに相当するという換算は、本書自身が示す説明。現代の金銭価値へ換算しない。 ↩
- 12:44。βίοςは生活・生計・暮らしの資を指し、ここでは「生きるための資」。やもめの献げたものの全体性を保持する。直前のやもめの家を食い物にする批判も近接しているが、称賛か制度批判かという解釈を訳文の補足で決着させない。 ↩
- 13:6。ἐγώ εἰμιは「私がその者だ」。何者を自称するかを文脈上含むが、原文にはこの句の後に称号が明記されていないため、ここではキリストなどを追加しない。13:6の「私の名を名乗って」はἐπὶ τῷ ὀνόματί μουで、9:37、39にも同じ前置詞句がある。訳語の違いは、子どもを受け入れる・力ある業を行う・自称するという各文脈による。 ↩
- 13:14。「荒廃をもたらす忌まわしいもの」はτὸ βδέλυγμα τῆς ἐρημώσεως。ダニエル9:27、11:31、12:11との関連表現だが、底本にダニエルの名を加える句はない。「立つ」の分詞ἑστηκόταは、男性単数対格と中性複数主格・対格が同形。ここでは単数の「忌まわしいもの」を受ける文脈から男性単数対格と取る。その場合、中性単数のβδέλυγμαと性が一致せず、人物的な理解を示唆し得るが、語形だけで特定の人物を指すと断定はできない。特定の人物・事件への同定は本文で行わない。「読む者は悟りなさい」という挿入も保持する。 ↩
- 13:24–27。天体の変動と人の子の到来は、イザヤ13章、34章、ダニエル7章などの預言的な表現と関連づけられる。本工程では旧約の別原語本文との逐語照合を行っていない。「天の力」が天体か霊的諸力かを一語に限定しない。 ↩
- 13:29。「近い」の主語は明記されない。人の子が近い、あるいは出来事・終わりが近いという読みが可能で、「戸口まで近づいている」として主語を限定しない。 ↩
- 13:30。ἡ γενεὰ αὕτηは通常「この世代/この時代の人々」。本訳は後者とした。「ユダヤ民族」といった別の指示へ無説明に置き換えない。出来事の範囲とこの発言の時間的理解は、32節の「誰も知らない」と共に検討すべき解釈上の論点。 ↩
- 14:3。女性の名前は本書には書かれていない。他の福音書の名前を追加しない。νάρδος πιστικήは本訳では「純粋のナルド」。πιστικήの細かな語義には議論があり、確定的な産地名とはしない。シモンの皮膚病の呼称は、現在の症状が続いていることまで断定するものではない。 ↩
- 14:12。過越祭、種なしパンを食べる除酵祭、過越の小羊の屠殺と食事という、本書の時間表現を保持する。他の福音書との暦の調整を訳文で行わない。 ↩
- 14:24。底本は「契約の血」で、「新しい」に当たる語を含まない。出エジプト24:8との関連を持つ表現。ὑπὲρ πολλῶνは「多くの人のために」で、10:45のἀντίとは同一の前置詞ではない。 ↩
- 14:27。ゼカリヤ13:7を踏まえる引用。「私は打つ」という主語を保持し、羊が散ることと並べる。28節の受動態「起こされる」は、神の働きを含む文脈と理解されるが、訳文に主語を追加しない。 ↩
- 14:36。Αββαはアラム語の呼びかけを音写したもの。続くὁ πατήρ「父よ」も残す。日本語の幼児語へ置換しない。「杯」は受けるべき苦難を語る比喩で、願いと、それでも父の望みに委ねる言葉の両方を保持する。14:36の「すべてが可能」は9:23、10:27と同じδυνατόςを用いる。14:33の「強い恐れ」はἐκθαμβέομαιで、9:15、16:5–6の「驚く」と同じ動詞を、苦悶の場面に即して訳した。 ↩
- 14:38。πνεῦμα/σάρξは「霊/肉」。意欲と人間の弱さの対比として読めるが、「精神は善、肉体は悪」という原文にない二元論へ広げない。「試み」はπειρασμόςで、試練と誘惑の意味を含む。 ↩
- 14:41。底本はΚαθεύδετε … καὶ ἀναπαύεσθεの後を疑問符ではなく高点で区切る。動詞は直説法とも命令法とも同形で、平叙・皮肉を含む命令・問いのいずれの読みも検討できる。本訳の「まだ眠って、休んでいるのか」は語形と文脈から問い・叱責として取る判断で、底本の句読とは異なる。「眠り続け、休んでいるがよい」という別訳も可能。ἀπέχειは「十分だ/もうよい」と理解した難句で、厳密な含意には不確実性が残る。原文にない長い時間の経過を補って整合させない。 ↩
- 14:51–52。若者は匿名のまま訳す。著者マルコなどと同定する根拠は、この本文自体にはない。素肌に布をまとうこと、布を残して逃げることの描写を省略しない。 ↩
- 14:61–62。「ほむべき方」「力ある方」は神を指す迂言として理解した。後者の字義は「力」。詩編110:1、ダニエル7:13との関連を持つ発言。ἐγώ εἰμιを、ここでは大祭司の問いに対する「私がそうだ」とした。 ↩
- 14:71。ἀναθεματίζεινとὀμνύναιは、呪いをかけることと誓うこと。呪いの対象は明示されないので、イエスを呪ったとも、自分だけを呪ったとも本文では指定しない。 ↩
- 14:72。ἐπιβαλώνは難しい分詞で、思いを向けた、泣き出したなどの理解がある。本訳では激しく泣き始める趣旨に取り「泣き崩れた」としたが、身体の姿勢を直接述べる明確な動詞ではない。鶏が二度鳴くという本書の数を保つ。 ↩
- 15:2。σὺ λέγειςは「あなたが言っている」。問いへの応答として肯定を含み得るが、無条件の「そのとおりだ」に平板化せず、相手の言い方を受ける表現を保った。 ↩
- 15:25。第三時は日の出から数える昼の時刻で、おおよそ現在の午前九時に相当する。季節等による幅があり、現代の分単位の時刻へ固定しない。 ↩
- 15:27–29。固定本文には15:28がなく、「罪人の一人に数えられた」という文を補わない。λῃσταίは強盗・盗賊を指し、政治的な活動形態までこの語だけから確定しない。 ↩
- 15:33。第六時から第九時は、概ね正午から午後三時。「全地」のγῆは地・土地を指す語で、地球全体かその土地一帯かをこの句だけから確定しない。暗闇の自然科学的な原因は本文に書かれていない。 ↩
- 15:34。セム語の叫びの音写と、その後のギリシア語の訳を保持する。詩編22:1を踏まえる。本文の「なぜ見捨てたのか」という問いを、後の結末を知る語り手の説明へ置き換えない。 ↩
- 15:39。υἱὸς θεοῦは冠詞を伴わない述語であるが、冠詞がないことだけで「神々の子の一人」と確定しない。百人隊長の理解の範囲と、物語全体の「神の子」という主題の響きは区別して検討すべき点。底本には、ここで「叫んで」と繰り返す語はない。 ↩
- 15:40。Ἰάκωβος ὁ μικρόςは「小さい/若いヤコブ」。呼称として「小ヤコブ」を用いたが、年齢、身長、他のヤコブとの具体的関係までは定まらない。15:47、16:1のマリアの親族関係は直前の文脈から母と取って補っている。 ↩
- 16:6。ἠγέρθηは「起こされた」という受動態。受動形を保ち、イエスを起こす主体は本文に追加しない。墓の若者を、本節にない「天使」という名へ置き換えない。 ↩
- 16:8前半。「誰にも何も言わなかった」「恐れていたから」という終わり方をそのまま保持する。ここまでを結末とする本文形と、後続の二種類の結末を区別する。女性たちがその後も永久に沈黙したかどうかを、この句だけから追加して断定しない。 ↩
- 16:8後半。固定SBLGNTのTXT・XMLには、短い結末がこの節内に⟦ ⟧で収録されている。16:8前半と連続する通常本文として平坦化せず、同じ二重括弧で区別して全訳した。結末をめぐる編集上の留保を保つための記号で、訳者の補入ではない。独立した節番号は付けない。 ↩
- 16:9–20。長い結末も固定SBLGNTに⟦ ⟧で収録される。底本が留保を示している部分として、括弧を9節から20節まで保って全訳した。短い結末と長い結末を一つの無留保な連続物語にしない。写本ごとの年代・証言を独自に網羅調査したわけではなく、ここでの判断根拠は固定本文・XML・公式校異装置。語彙や著者同一性についての専門的な校閲は別工程。 ↩
- 16:17–18。「新しい言葉」はγλώσσαις καιναῖςで、舌・言語を表す語。18節は蛇を「取り上げる」、死をもたらすものを「たとえ飲んでも」と述べる。危険を自ら求める命令文ではない。底本にない「手で」という句を加えない。 ↩
- 1:10。εἰς αὐτόνのεἰςは方向・到達を表し、ここでは「ご自分に向かって」とした。「ご自分の中へ」という理解も検討できるが、霊が到来する具体的なあり方をこの前置詞だけで確定しない。他版の読みを根拠に置換したものではない。 ↩
- 1:43。ἐμβριμησάμενοςは厳しく戒める分詞、ἐξέβαλενは1:12、34にも出るἐκβάλλω。「去らせる」は強い語調を伴うが、悪霊の追放と同じ具体的な動作だったと断定しない。 ↩
- 6:43。かけらを「十二の籠を満たすもの」と述べ、続けて「魚からも」と付け加える。魚の残りが十二籠の中に含まれるか、別に集められたかを訳文で確定しない。 ↩
- 7:31。ἀνὰ μέσον τῶν ὁρίων Δεκαπόλεωςをデカポリス地方を経由する移動の句と取った。到着したガリラヤ湖の場所を説明する句として結ぶ読みも検討できる。これは原文の句の結び方の問題で、湖と当時の行政境界との位置関係を別資料で確定した記述ではない。 ↩
- 9:35、10:43–44。ἔσταιは未来直説法だが、第一になりたい者に仕えることを求める文脈から義務を表す「…でなければならない」と訳した。「…となるだろう」と結果・予告として読む余地もある。特に9:35では第一を求める者が最後になるという警告としても響き得る。 ↩ ↩
- 10:11。ἐπʼ αὐτήνは「彼女に対して」。前半の離縁した妻を受け、妻に対して罪を犯すと読むのが本訳の理解。ただし直前の「別の女性」を指す解析も検討される。本文では代名詞を保ち、どちらかの女性の名詞に置き換えて確定しない。 ↩
- 10:32。ἐθαμβοῦντο「驚いていた」の主語は明示されない。直前の一行を受けると取って「人々」と補った。続くοἱ δὲ ἀκολουθοῦντες「後について行く者たち」が別集団か、一行の一部かは語形だけでは定まらないため、「弟子たち」と限定しない。 ↩
- 12:38–40。冠詞を反復したτῶν γραμματέων τῶν θελόντωνは「…を好む律法学者たち」と限定する読みを採った。「律法学者たち、すなわち…を好む者たち」と説明する読みも可能で、冠詞だけでは決着しない。12:28–34には好意的に描かれる律法学者もいる。40節の主格分詞は属格句を受け直す形で、「このような者たち」を主語とするため、文の切り替えを残した。 ↩
- 14:49。ἀλλʼ ἵναは「しかし、…するために」で、目的節の主節が明示されない。「これは…ためだ」は出来事を受ける主節の補い。主節の省略は認めるが、この文脈で独立の命令に取る根拠は十分でないため、命令文への変更はしない。 ↩
- 14:58、15:29、38。「聖所」はναός。「神殿(境内)」とするἱερόνとは原語が異なる。垂れ幕や壊す対象を語る箇所の区別を保った。15:29の「ののしった」はβλασφημέωで、2:7、3:28–29などの「冒瀆」と同じ語根だが、人への罵倒という文脈に合わせた。 ↩
- 5:7。ὁρκίζω σε τὸν θεόνは相手を神の名にかけて誓いで拘束する言い方。「神にかけて願います」は通常の丁寧な依頼より強い懇願・要求の含みを持つ。イエスに対する発言の調子を保ち、単純な「命じる」に置換しない。 ↩
底本・翻訳について
底本はMichael W. Holmes編『The Greek New Testament: SBL Edition』(2010年)、Faithlife公式配布のSBLGNT(README表示v1.2)、固定コミット c4d241a9c1c479a55b989ba35a4976c1d0b8052c の Mark.txt。Copyright 2010 by the Society of Biblical Literature and Logos Bible Software。底本は Creative Commons Attribution 4.0 International により提供される。公式配布元・ライセンス/無保証条項を参照。
本日本語原稿は、ギリシア語からの独立翻訳、章節のMarkdown整形、独自訳注の追加を含む。底本の校異参照記号は移さず、16章の二重括弧は保持した。原権利者・校訂者による本訳の推奨、公認、品質保証を意味しない。底本に伴う無保証の条件は上記ライセンスに記される。
草稿作成と自己点検にはAIを使用した。今回、同書の近現代語既訳を閲覧・入力せず、原語本文から訳したが、学習済み知識の影響を完全に排除・検証できるとは表示しない。訳注中の旧約典拠番号は作業上の同定であり、旧約の別一次資料との逐語照合は未実施。Claude Code(Claude Opus 5.5)による原典対照校閲を受け、その指摘を原文と再照合して本文・訳注を改訂した。人間の専門家校閲、専門辞書・研究文献による難所の裏付け、体系的な表現類似監査は未実施で、なお誤りが残る可能性がある。
本書の宗教的論争、社会的呼称、暴力の描写は、古代本文の翻訳として示すものであり、現代の民族・宗教集団に対する敵意や暴力の支持を意味しない。