イエスの時代のローマのユダヤ総督。イエスを十字架刑に処する判決を下した。
- 訳文中の表記
- ピラト
紀元26年から36年ごろまで、ローマ帝国のユダヤ属州を治めた総督である。ふだんは地中海沿岸のカイサリアに駐在し、祭りの時期にはエルサレムに上って治安の維持にあたった。1961年にカイサリアで、彼の名と称号を刻んだ石碑が発見されている。
当時のユダヤでは、死刑の執行にはローマの総督の許可が必要だったと考えられている。そのため、イエスを捕らえたユダヤの指導者たちは、イエスをピラトに引き渡した。福音書は、ピラトがイエスに罪を見いだせず、釈放しようとしたが、群衆の要求に押されて十字架刑を命じたと描いている。マタイ福音書では、ピラトが群衆の前で手を洗い、「この血について、私は潔白だ」と言う。ヨハネ福音書では、イエスとの問答の中で「真理とは何か」と問いかけている。
福音書がピラトの責任を比較的軽く描く一方で、同時代のユダヤ人の著述家フィロンやヨセフスは、ピラトをユダヤ人の感情を顧みない強硬な支配者として記している。ルカ福音書13:1の、ピラトがガリラヤ人を殺したという記事も、こうした姿と重なる。
マタイ福音書27:25では、群衆が「その血の責任は、我々と我々の子らに」と叫ぶ。この言葉は後の時代、ユダヤ人全体がイエスの死に責任を負うという主張の根拠とされ、キリスト教世界での反ユダヤ主義を支える一因となった。現在では多くの教会がこうした解釈を退けており、カトリック教会も第二バチカン公会議(1965年)で、イエスの死の責任を当時と後世のユダヤ人全体に帰すことはできないと表明している。
ピラトの名は、後の時代の信条(使徒信条など)にも、イエスが「ポンティオ・ピラトのもとで」苦しみを受けたという形で残り、イエスの死を歴史上の特定の時点に結びつけている。
主な登場箇所
- ルカ福音書 3:1
皇帝ティベリウスの治世第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコニティス地方の領主、リサニアがアビレネの領主であり、
- マタイ福音書 27:2
そしてイエスを縛って連れ出し、総督ピラトに引き渡した。
- マタイ福音書 27:24
ピラトは、何の役にも立たず、かえって騒ぎが起こり始めているのを見ると、水を取り、群衆の前で手を洗って言った。「この血について、私は潔白だ。お前たちで始末するがよい」。
- マルコ福音書 15:15
ピラトは群衆を満足させようとして、バラバを釈放し、イエスを鞭打たせて、十字架につけるために引き渡した。
- ルカ福音書 13:1
ちょうどそのころ、何人かの人が来て、ガリラヤ人たちのことを知らせた。ピラトが彼らを殺し、その血を彼らの献げるいけにえに混ぜたというのである。
- ヨハネ福音書 18:38
ピラトは言った。「真理とは何か」。こう言うと、再びユダヤ人たちのところへ出て行って言った。「私はこの者に何の罪状も見いだせない。
- ヨハネ福音書 19:19
ピラトは札も書き、十字架の上に掲げた。そこには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と記されていた。
- 使徒言行録 4:27
実際、あなたが油を注がれた聖なるしもべイエスに逆らって、この町で、ヘロデとポンティオ・ピラトが、異邦人とイスラエルの民と共に集まりました。
- 第一テモテ書 6:13
万物を生かしておられる神と、ポンティオ・ピラトのもとで良い告白を証しされたキリスト・イエスの前で、あなたに命じます。
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2026年10月20日にClaude Codeを用いて、収録人物の選定、解説文の作成、主な登場箇所の選定を行った。2026年10月21日にCodexを用いて、使徒言行録に登場する7人の項目を追加した。登場箇所は本サイトの訳文と照合し、引用する節に人物名が実際に含まれることをビルド時に検査している。
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