第1章
1:1神の御心によるキリスト・イエスの使徒パウロから、[エフェソに]いる聖なる人々、キリスト・イエスにあって信じる人々へ。1
1:2私たちの父である神と主イエス・キリストから、あなたがたに恵みと平和がありますように。
1:3私たちの主イエス・キリストの神であり父である方が、ほめたたえられますように。この方はキリストにあって、天の領域における、あらゆる霊的な祝福を私たちに与えてくださいました。
1:4神はそのように、世界の基が据えられる前に、キリストにあって私たちを選んでくださいました。私たちがご自分の前で聖なる、非のない者となるためです。愛をもって、2
1:5イエス・キリストを通して私たちをご自分の子として迎えることを、あらかじめ定めたのです。それは、ご自身の御心にかなう良い意向によるものでした。
1:6こうして、神の恵みの栄光がたたえられるためです。この恵みを、神は愛されている方にあって、私たちに与えてくださいました。
1:7この方にあって、私たちはその血を通して贖いを、すなわち過ちの赦しを得ています。それは神の恵みの豊かさによるものです。
1:8神はその恵みを、あらゆる知恵と洞察をもって、私たちにあふれるほど与え、
1:9御心のうちに秘められたことを私たちに知らせてくださいました。それは、キリストにあって前もって定めた、ご自身の良い意向によるものです。3
1:10それは、諸々の時が満ちるときにその計画を進めるためであり、天にあるものも地にあるものも、すべてをキリストにあって一つにまとめることです。この方にあって、4
1:11私たちもまた、受け継ぐものを与えられました。ご自身の御心の決定に従ってすべてのことを行う方の計画に沿って、あらかじめ定められていたのです。5
1:12それは、先にキリストに希望を置いた私たちの存在によって、神の栄光がたたえられるためです。
1:13キリストにあって、あなたがたも真理の言葉、すなわち自分たちの救いの福音を聞き、この方を信じて、約束された聖なる霊によって印を押されました。
1:14この霊は、私たちが受け継ぐものの保証です。それは、神がご自分のものとされた人々の贖いへと向かい、神の栄光がたたえられるためです。6
1:15それゆえ私も、主イエスにあるあなたがたの信仰と、すべての聖なる人々への愛について聞き、
1:16あなたがたのために感謝することをやめず、祈りの中であなたがたを覚えています。
1:17私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、ご自身を深く知るための知恵と啓示の霊を、あなたがたに与えてくださるように。7
1:18あなたがたの心の目が照らされ、神の招きの希望はどのようなものか、聖なる人々のうちにある、神の受け継ぐものの栄光はどれほど豊かか、
1:19また、信じる私たちに向けられた神の力が、どれほど並外れて大きいかを知るように。それは、神の強大な力の働きによるものです。
1:20神はその力をキリストに働かせ、この方を死者の中から起こし、天の領域でご自分の右に座らせました。
1:21あらゆる支配、権威、力、主権、そして、今の時代だけでなく来たる時代にも唱えられるすべての名を、はるかに超える位置に置いたのです。
1:22神はすべてをキリストの足の下に従わせ、すべての上に立つ頭として、この方を教会に与えました。
第2章
2:1あなたがたも、自分たちの過ちと罪によって死んでいました。
2:2かつてあなたがたは、それらの中を歩み、この世界の時代のあり方に従い、空中の権威、すなわち今も不従順の子らのうちに働いている霊をつかさどる者に従っていました。9
2:3私たちも皆、かつてはその人々の間で、肉の欲望のままに暮らし、肉と思考が望むことを行っていました。ほかの人々と同じく、生まれながらに怒りを受ける子らだったのです。10
2:4しかし神は、憐れみに豊かであり、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、
2:5過ちによって死んでいた私たちをも、キリストと共に生かしてくださいました。あなたがたが救われているのは、恵みによるのです。
2:6また、キリスト・イエスにあって、私たちを共に起こし、天の領域に共に座らせてくださいました。
2:7来たる幾つもの時代に、キリスト・イエスにあって私たちに示す慈しみにより、ご自身の恵みの比類ない豊かさを明らかにするためです。
2:8というのは、あなたがたは、恵みによって、信仰を通して救われているのです。このことは、あなたがたから出たものではありません。神の贈り物です。11
2:9行いから出たものではありません。だれも誇ることのないためです。
2:10私たちは神が造られたものだからです。良い行いのために、キリスト・イエスにあって造られました。神は、私たちがその行いの中を歩むよう、前もってそれらを備えてくださいました。
2:11ですから、思い起こしてください。あなたがたはかつて、肉において異邦人でした。肉に手で施された、いわゆる「割礼」を持つ人々から、「無割礼」と呼ばれていました。
2:12そのころあなたがたは、キリストなしに、イスラエルの共同体から隔てられ、約束を伴う諸契約に対してはよそ者で、希望を持たず、世界の中で神を持たない者でした。12
2:13しかし今、キリスト・イエスにあって、かつて遠くにいたあなたがたは、キリストの血によって近い者となったのです。
2:14キリストご自身が、私たちの平和です。この方は両者を一つにし、ご自身の肉において、隔ての壁、すなわち敵意を壊しました。13
2:15規定として示された戒めから成る律法を無効にしたのです。それは、二人をご自身にあって一人の新しい人間として造り、平和をもたらすためであり、
2:16また、十字架において敵意を死に至らせ、十字架を通して両者を一つの体において神と和解させるためです。
2:17また、この方は来て、遠くにいたあなたがたに平和を、近くにいた人々にも平和を、良い知らせとして告げました。
2:18この方を通して、私たち両者は、一つの霊にあって父のもとに近づくことができるからです。
2:19ですから、あなたがたはもはやよそ者でも寄留者でもありません。聖なる人々と同じ国に属する者であり、神の家族です。
2:20あなたがたは使徒と預言者たちの土台の上に建てられています。その隅の要石は、キリスト・イエスご自身です。
2:21この方にあって、建物全体が組み合わされ、主にある聖なる神殿へと成長しています。14
2:22この方にあって、あなたがたも共に建てられ、霊にある神の住まいとなっていくのです。
第3章
3:1このことのために、私パウロ、あなたがた異邦人のためにキリスト・イエスの囚人である私は――15
3:2あなたがたのために私に与えられた神の恵み、その恵みを取り扱う務めについては、あなたがたも聞いていることでしょう。
3:3啓示によって、秘められたことが私に知らされました。先に短く書いたとおりです。
3:4それを読めば、キリストについて秘められたことを、私がどう理解しているかが分かるでしょう。
3:5それは以前の世代には、人の子らに、今と同じようには知らされませんでした。今は霊にあって、キリストの聖なる使徒と預言者たちに明らかにされています。
3:6すなわち、異邦人も福音を通して、キリスト・イエスにあって、共に受け継ぐ者となり、同じ体に属し、共に約束にあずかるということです。
3:7私はこの福音に仕える者となりました。神の力の働きに従って私に与えられた神の恵み、その恵みの贈り物によるのです。
3:8すべての聖なる人々のうちで、最も小さい者よりも小さい私に、この恵みが与えられました。キリストの測り尽くせない豊かさを、異邦人に良い知らせとして伝え、
3:9また、万物を造られた神のうちに、世々にわたって隠されてきた秘められたことが、どのような計画で実施されるかを、すべての人に明らかにするためです。
3:10それは今、教会を通して、神の多彩な知恵が、天の領域にある支配と権威に知らされるためです。
3:11これは、私たちの主キリスト・イエスにあって神が実現した、永遠の計画に従っています。
3:12この方にあって、私たちはこの方への信仰を通して、確信をもって大胆に神に近づくことができます。16
3:13ですから、あなたがたのために私が受けている苦難によって、気落ちしないようお願いします。このことは、あなたがたの栄光なのです。
3:14このことのために、私は父の前に膝をかがめます。
3:15天と地にあるすべての家族は、この父に由来する名を持っています。17
3:16父がご自身の栄光の豊かさに従い、ご自身の霊を通して、あなたがたの内なる人を力強くしてくださるように。
3:17信仰を通してキリストがあなたがたの心に住んでくださるように。愛に根付かされ、土台を据えられたあなたがたが、
3:18すべての聖なる人々と共に、その幅、長さ、高さ、深さを捉える力を得て、18
3:19知ることを超えるキリストの愛を知り、神の充満のすべてに至るまで満たされるように。
3:20私たちのうちに働く力によって、私たちが願うこと、思い描くことのすべてを、はるかに超えて行うことのできる方に、
3:21教会において、またキリスト・イエスにあって、世々のあらゆる世代にわたって栄光がありますように。アーメン。
第4章
4:1ですから、主にあって囚人となっている私は、あなたがたに勧めます。受けた招きにふさわしく歩んでください。
4:2あらゆるへりくだりと柔和さをもって、忍耐強く、愛のうちに互いを受け入れ、
4:3平和のきずなによって、霊がもたらす一致を守るよう努めてください。
4:4体は一つ、霊も一つです。それは、あなたがたも、自分たちの招きの一つの希望のうちに招かれたのと同じです。
4:5主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つです。
4:6すべての者の神であり父である方は一人です。この方はすべての者の上にあり、すべての者を通して、すべての者のうちにおられます。
4:7しかし、私たち一人ひとりには、キリストの贈り物の分量に応じて、恵みが与えられました。
4:8それゆえ、こう言われています。「高い所へ上ったとき、捕らわれ人を捕らえ、人々に贈り物を与えた。」19
4:9この「上った」とは、その方が地のより低い所へ下りもしたということでなければ、何を意味するでしょうか。20
4:10下った方こそ、万物を満たすために、すべての天を超えて上った方でもあるのです。
4:11この方は、ある人々を使徒として、ある人々を預言者として、ある人々を福音を告げる者として、またある人々を牧者と教師として与えました。
4:12聖なる人々を整えて奉仕の働きに備え、キリストの体を築き上げるためです。21
4:13私たち全員が、信仰と神の子についての深い認識において一つとなり、成熟した一人の大人となって、キリストの充満に見合う成長の度合いに達するまでです。
4:14私たちがもはや幼い子どもではなくなり、人々の欺きや、惑わすための策略を用いる悪賢さによって、あらゆる教えの風に波立たされ、吹き回されることのないためです。
4:15むしろ、愛のうちに真実を行い、あらゆる点で、頭であるキリストへと成長していきましょう。22
4:16この方から、体全体は、支えを供給する一つひとつのつなぎ目を通して組み合わされ、結び合わされながら、それぞれの部分がその分量に応じて働くことにより成長し、愛のうちに自らを築き上げていくのです。
4:17そこで、私は主にあって語り、厳かに告げます。あなたがたはもはや、異邦人が空しい思いによって歩んでいるように歩んではなりません。
4:18彼らの思考は暗くなり、神の命から隔てられています。彼らのうちにある無知のゆえ、その心のかたくなさのゆえです。
4:19彼らは痛みを感じなくなり、放縦な行いに身を委ね、飽くことなく、あらゆる汚れた行いをしています。23
4:20しかし、あなたがたはキリストをそのように学んだのではありません。
4:21あなたがたはこの方の声を聞き、真理がイエスにあるとおりに、この方にあって教えられたはずです。
4:22その教えは、以前の生き方に属し、欺く欲望によって朽ちていく古い人を脱ぎ捨て、24
4:23自分たちの思いの霊において新しくされていき、
4:24神にかたどって、真理から生まれる義と聖さのうちに造られた、新しい人を着ることです。
4:25ですから、偽りを脱ぎ捨て、一人ひとり隣人と真実を語り合ってください。私たちは互いに、同じ体の部分なのですから。
4:26怒っても、罪を犯してはなりません。あなたがたの怒りが、日の沈むまで続くことのないようにしてください。25
4:27悪魔に場所を与えてはなりません。
4:28盗んでいる人は、もう盗んではなりません。むしろ、自分の手で良い仕事をして労苦してください。必要としている人に分け与えるものを持つためです。
4:29腐った言葉を一つも口から出さないでください。むしろ、必要に応じて人を築き上げる良い言葉があれば、それを口にしてください。その言葉が、聞く人々に恵みを与えるためです。
4:30神の聖なる霊を悲しませてはなりません。あなたがたはこの霊によって、贖いの日に向けて印を押されたのです。
4:31あらゆる苦々しい思い、激情、怒り、怒鳴り声、ののしりを、あらゆる悪意と共に、あなたがたの間から取り除いてください。
4:32互いに慈しみ深く、憐れみの心を持ち、神がキリストにあってあなたがたを赦してくださったように、互いを赦してください。
第5章
5:1ですから、愛されている子どもとして、神に倣う者となってください。
5:2愛のうちに歩んでください。キリストも私たちを愛し、私たちのためにご自身を、芳しい香りを放つ供え物、いけにえとして神にささげてくださいました。
5:3性的な不品行、あらゆる汚れ、また貪欲は、あなたがたの間では、口にされることさえあってはなりません。それが聖なる人々にふさわしいことです。26
5:4また、みだらな振る舞い、愚かな話、下品な冗談も、口にされてはなりません。それらはふさわしくないものです。むしろ、感謝をささげてください。
5:5あなたがたは、次のことをよく知っているはずです。性的な不品行を行う者、汚れた者、また貪欲な者、すなわち偶像を礼拝する者はだれも、キリストと神の王国において、受け継ぐものを持ちません。
5:6空しい言葉で、だれにも欺かれないようにしてください。これらのことのために、神の怒りが不従順の子らに臨むのです。
5:7ですから、彼らと共にあずかる者となってはなりません。
5:8あなたがたはかつて闇だったからです。しかし今は主にあって光です。光の子どもとして歩んでください。
5:9光の実は、あらゆる善、義、真理のうちにあるからです。
5:10何が主に喜ばれるかを見極めてください。
5:11実を結ばない闇の行いに加わってはなりません。むしろ、その誤りを明るみに出してください。
5:12彼らがひそかに行っていることは、語ることさえ恥ずかしいからです。
5:13しかし、これらすべては、光によってその誤りが明るみに出されると、あらわになります。
5:14あらわにされるものはすべて、光だからです。それゆえ、こう言われています。「眠っている者よ、目を覚まし、死者の中から立ち上がりなさい。そうすれば、キリストがあなたを照らすでしょう。」27
5:15ですから、自分たちがどのように歩むか、よく注意してください。知恵のない者としてではなく、知恵ある者として、
5:16機会を十分に生かしてください。日々が悪いものだからです。28
5:17それゆえ、分別のない者にならず、主の御心が何かを理解してください。
5:18ぶどう酒に酔ってはなりません。そこには身を持ち崩すことがあります。むしろ、霊によって満たされてください。29
5:19詩編、賛歌、霊の歌によって互いに語り合い、心から主に歌い、賛美してください。
5:20いつも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって、父である神に感謝をささげてください。
5:21キリストへの畏れをもって、互いに従ってください。30
5:22妻たちは、主に従うように、自分の夫に従ってください。
5:23夫は妻の頭だからです。それはキリストが教会の頭であるのと同じです。キリストご自身が、その体の救い主です。
5:24しかし、教会がキリストに従うように、妻たちも、すべてのことにおいて夫に従ってください。
5:25夫たち、妻を愛してください。キリストも教会を愛し、教会のためにご自身を渡してくださいました。
5:26言葉を伴う水の洗いによって教会を清め、聖なるものとするためです。31
5:27そして、ご自身で教会をご自分の前に、栄光あるものとして立たせるためです。しみもしわも、そのようなものは何一つなく、聖なる、非のないものとするためです。
5:28そのように夫たちも、自分の体のように、自分の妻を愛するべきです。自分の妻を愛する人は、自分自身を愛しています。
5:29だれも自分の肉を憎んだことはなく、それを養い、大切にするからです。キリストも教会に対して、そのようになさいます。
5:30私たちは、この方の体の部分なのです。
5:31「それゆえ、人は父と母を離れ、自分の妻と結び付き、二人は一つの肉となります。」32
5:32ここに秘められたことは、大きなものです。私が語っているのは、キリストと教会についてなのです。
5:33いずれにしても、あなたがたも、一人ひとり、自分自身のように自分の妻を愛してください。妻も夫を敬ってください。33
第6章
6:1子どもたち、主にあって、自分の親に従ってください。それは正しいことです。
6:2「あなたの父と母を敬いなさい。」これは、約束を伴う最初の戒めです。34
6:3「あなたが幸いになり、地上で長く生きるためです。」
6:4また、父親たち、自分の子どもを怒らせないでください。主の訓練と諭しによって育ててください。
6:5奴隷たち、恐れとおののきをもって、心をひたむきにし、キリストに従うように、肉における主人に従ってください。35
6:6人に気に入られようとして、見られているときだけ仕えるのではなく、キリストの奴隷として、神の御心を行ってください。
6:7心の底から、善意をもって仕えてください。人間にではなく主に仕えるように。
6:8一人ひとり、自分の行った良いことについて、奴隷であれ自由人であれ、主から報いを受けると知っているのですから。
6:9また、主人たち、あなたがたも奴隷たちに同じように接し、脅すことをやめてください。彼らとあなたがたに共通の主が天におられ、この方にはえこひいきがないと知っているのですから。
6:10最後に、主にあって、その強大な力によって強められてください。
6:11神の武具一式を身に着けてください。悪魔の策略に対して立つことができるためです。
6:12というのは、私たちが組み合って戦う相手は、血と肉ではありません。支配、権威、この闇の世界を治める者たち、天の領域にある邪悪な霊的存在なのです。36
6:13それゆえ、神の武具一式を手に取ってください。悪い日に抵抗し、すべてをやり遂げて、なお立っていられるためです。
6:14ですから、立ってください。真理を腰に帯び、義の胸当てを着け、
6:15平和の福音がもたらす備えを、足に履いてください。37
6:16どのようなときにも、信仰の盾を手に取ってください。それによって、邪悪な者が放つ、燃える矢をすべて消すことができるでしょう。
6:17救いの兜と、霊の剣、すなわち神の言葉を受け取ってください。
6:18あらゆる祈りと願いをもって、いつでも霊にあって祈ってください。そのために、根気強く目を覚まして、すべての聖なる人々のために願い続けてください。
6:19私のためにも祈ってください。口を開くときに言葉が与えられ、大胆に、福音のうちに秘められたことを知らせることができるように。
6:20この福音のために、私は鎖につながれた使節となっています。語るべき仕方で、それについて大胆に語れるように祈ってください。
6:21あなたがたも私の様子や、私が何をしているかを知ることができるように、愛する兄弟であり、主にあって忠実に仕える者であるティキコが、すべてを知らせてくれるでしょう。
6:22私が彼をあなたがたのもとに送るのは、まさにこのためです。あなたがたが私たちの様子を知り、彼があなたがたの心を励ますためです。
6:23父である神と主イエス・キリストから、兄弟たちに平和と、信仰を伴う愛がありますように。
訳注
- 1:1の「エフェソに」に当たる ἐν Ἐφέσῳ は、SBLGNTの本文では角括弧付き。本文でも[エフェソに]と示した。「いる」に当たる οὖσιν は底本の括弧の外にあり、訳者補入ではない。写本ごとの有無や回覧書簡説は、校異装置を確認していないため説明しない。πιστοῖς は「信じる人々」と読んだが、「忠実な人々」という語義も可能。「聖なる人々」と別の集団という意味にはしない。 ↩
- 1:4–5の ἐν ἀγάπῃ は、SBLGNTではその後に読点がある。本訳はその区切りと異なり、5節の「定めた」に結び付け、「愛をもって」とした。4節の「聖なる、非のない」に結び付ける分析も成立する。句読点を採用読解の証拠とする初稿の説明は訂正した。υἱοθεσία は子として迎えること。「息子」としての身分に関わる語だが、本文で受け手を男性だけに限定しない。εἰς αὐτόν は「ご自分の」への迎え入れとして保持した。 ↩
- 1:8の「知恵と洞察」は恵みを豊かに与えることに結び付けた。9節の知らせることに結び付ける分析も可能。μυστήριον は、人に知らされずにいたものが神によって明らかにされるという文脈なので「秘められたこと」とした。9節末の ἐν αὐτῷ はキリストを指すと読んだが、「神ご自身のうちに」とする分析も可能。 ↩
- 1:10の οἰκονομία は管理・実施に関わる語として、「その計画を進める」とした。εἰς はこの実施へ向かう目的を表すと読んだ。καιρῶν は複数なので「諸々の時」とし、それらが満ちるという表現を保持した。ἀνακεφαλαιώσασθαι は「一つにまとめる」と読んだ。「キリストを頭として統合する」という含意は検討できるが、語の形だけから特定の統治体系を本文に補わない。 ↩
- 1:11の ἐκληρώθημεν は「受け継ぐものを与えられた」と読んだ。「神の取り分に選ばれた」という方向の分析も可能。12–13節の「私たち」と「あなたがた」の移り変わりを保持したが、各代名詞の範囲をユダヤ人と異邦人に一律に固定しない。12節は私たちの存在が神の栄光の賛美に向かうこととして訳し、6・14節との反復を保った。 ↩
- 1:13の τῷ πνεύματι は「霊によって」としたが、霊を印として押されたという手段の読みも可能。二度目の ἐν ᾧ は「信じて」に結び付けたが、「この方にあって印を押された」とする結び付けも可能。1:14の ἀρραβών は先に与えられる保証を表すと読んだ。τῆς περιποιήσεως は神がご自分のものとした人々を指すと解し、「人々」を補った。取得・所有そのものを指す分析もあるため、人々だけが語そのものの意味だとはしない。贖いは7節では現在得ているもの、14節ではなお向かう先として現れる。 ↩
- 1:17–18。1:17の πνεῦμα σοφίας καὶ ἀποκαλύψεως は「知恵と啓示の霊」。神の霊による賜物か、人に与えられる霊的な姿勢かを訳文だけで確定しない。18節の「心の目が照らされ」は原文で分詞。「照らされ」の πεφωτισμένους と3:9の φωτίσαι(明らかにする)は同根で、光によって知らせる関係を表すと読んだ。「知るように」は目的の不定詞を反映する。κληρονομίας αὐτοῦ は「神の受け継ぐもの」としたが、神が所有する民を指すのか、神から民に与えられるものを指すのかは、属格だけでは確定しない。 ↩
- 1:23の πλήρωμα は「充満」。τοῦ … πληρουμένου は「満たす方の」と読んだ。分詞は中動・受動が同形だが、対格 τὰ πάντα を伴い、4:10でもキリストが万物を満たすと能動形で述べられることを、この読解の本文内の根拠とした。「満たされる方」とする分析もあり、教会とキリストの充満の関係はなお追加検証を要する。「あらゆる仕方で」は ἐν πᾶσιν の採用読解で、「すべてのもののうちで」とする読みも可能。 ↩
- 2:1で始まる「あなたがた」の構文は、4–5節に至って神の働きに結び付く。日本語では1節を独立文にした。2:2の τοῦ πνεύματος は属格で、本文では同じく属格の「権威」を説明するものとして、「権威、すなわち…霊をつかさどる者」とした。霊と支配者を直接同格とする訳にはしていない。属格の結び付けと霊の指示対象は追加校閲の対象。「不従順の子ら」は不従順に特徴付けられた人々を表す句で、実際の子どもだけを指すとはしない。 ↩
- 2:3の σάρξ は「肉」、διανοιῶν は「思考」。肉と身体そのものの悪さを同一視しない。「生まれながらに」は φύσει、「怒りを受ける」は τέκνα … ὀργῆς を関係が伝わる形にしたもの。ἐν οἷς は直前の不従順の子らを指す男性複数と読んだ。形の上では中性複数として2:1の過ちに結び付ける分析も可能だが、離れた先行詞を取る読みであり、同等の確実性を主張しない。特定の原罪論や、生物学的な民族差を本文に補っていない。 ↩
- 2:8の τοῦτο は中性の指示語。「信仰」だけを指すと限定せず、恵みにより信仰を通して救われるという前の内容を指すと読んだ。8–9節は救いが行いから出ないことを述べ、10節は良い行いのために造られたことを述べる。どちらかを省いて他方へ合わせない。 ↩
- 2:11の「いわゆる」は τῆς λεγομένης を反映。「無割礼」は相手による呼称として保持した。12節の πολιτεία は「共同体」と読んだが、市民としての所属・権利という含意も持ち得る。19節の「同じ国に属する者」は同根の συμπολῖται で、所属を回復する対比を表すと読んだ。ξένοι は12・19節で「よそ者」と揃えた。ἄθεοι は「神を持たない」とした。近代の思想的な無神論という意味へ限定しない。 ↩
- 2:14–16の両者は、前の文脈の異邦人とイスラエルに属する人々として読んだ。隔ての壁を特定の建造物と断定しない。τὴν ἔχθραν は「壁」と同格に取り、壁すなわち敵意を壊したと訳した。敵意を καταργήσας の目的語とし、律法をその説明として読む分析も検討できる。15節前半の律法の無効化は主文側の行為であり、その後の ἵνα から、新しい人間を造ることと神との和解という二つの目的を訳した。ποιῶν と16節の ἀποκτείνας はこの目的を述べる部分に接続した。14節の中性の「両者」から15節の男性の「二人」への移行を保持したが、二人の実在人物だけに限定しない。律法を「規定として示された戒めから成る」と限定する語句を保ち、あらゆる道徳的要求の廃棄という説明は加えない。16節末の ἐν αὐτῷ は十字架を指すと読んだが、キリストを指す分析も可能。 ↩
- 2:20–21。2:20の「使徒と預言者たちの土台」は、彼ら自身が土台か、彼らが据えた土台かを訳文に補っていない。ἀκρογωνιαῖος は隅の要石として読んだ。2:21の πᾶσα οἰκοδομή は文脈から「建物全体」としたが、冠詞がないため「一つひとつの建物」とする分析も検討できる。別版の冠詞を混ぜた訳ではない。 ↩
- 3:1の原文は、パウロが名乗るところで文が中断し、2–13節を挟んで14節の「このことのために」で祈りへ戻る。日本語でも述語を補って完結させず、中断を保持した。「キリスト・イエスの囚人」は、キリストとの関係のゆえの拘束として読めるが、収監地や年月は補わない。2節の εἴ γε は聞いていることを前提に訴えるものとして訳した。2・7節の τῆς δοθείσης は属格の χάριτος に一致するため、与えられた対象が恵みであると分かるようにした。 ↩
- 3:12の τῆς πίστεως αὐτοῦ は「この方への信仰」と読んだ。「この方の信実」とする分析も可能。「神に」はこの節で直接明記されないが、2:18などの近づく対象に沿った補いであり、新しい解釈上の主張ではない。13節の「気落ちしない」の主語も明示されない。本文では受け手への願いと読んだが、自分が気落ちしないよう神に願う分析も可能。単数の ἥτις は複数の「苦難」と数が一致しないため、「このこと」として苦難を受けている事柄を受けた。述語の δόξα に引かれて単数となったとする分析も可能。 ↩
- 3:14–15の πατήρ(父)と πατριά(家族・一族)は響き合う。「すべての家族」としたが、「家族全体」とする分析も検討できる。天にある家族を特定の霊的階層へ割り当てない。「名を持つ」は ὀνομάζεται、「由来する」は ἐξ οὗ を反映した。 ↩
- 3:17–19。17節末の ἐν ἀγάπῃ は、本文では続く「根付かされ、土台を据えられた」に結び付けた。SBLGNTはこの句の後に上点を置くため、前のキリストの内住に結び付ける読みも検討できる。二つの分詞は完了受動で、根と土台を与えられた状態を表す。それを18節の願いに接続し、愛を二回補って並列の願いとした初稿を改めた。18節の幅・長さ・高さ・深さが何の寸法かは明示されていない。次節のキリストの愛との関係を考え得るが、「愛の幅」などの名詞を本文に補わなかった。19節の「知ることを超える愛を知る」という逆説と、「神の充満のすべてに至るまで」という到達の表現を保持した。 ↩
- 4:8はこの書簡のギリシア語を直接訳した。ᾐχμαλώτευσεν αἰχμαλωσίαν は同根語を重ねる表現で、「捕らわれ人を捕らえ」とした。名詞を捕囚の集団として読む判断は保持するが、その正確な語義は追加確認を要する。動詞に明示されない「連れて行く」は補わなかった。詩編68:19(七十人訳の番号では67:19)が引用元候補だが、今回その本文の独立照合は行っていない。書簡の「与えた」を、別本文の表現へ置き換えない。 ↩
- 4:9の τὰ κατώτερα μέρη τῆς γῆς は比較級を保って「地のより低い所」とした。「下方にある地そのもの」と同格的に読むこともできる。καὶ κατέβη は「下りもした」とし、上昇から下降を含意する関係を保持した。下降を死者の領域への下降か、天から地への到来かに確定しない。SBLGNTのこの箇所に「まず」という語はなく、本文に加えていない。 ↩
- 4:11–14。11節の牧者と教師は一つの冠詞を共有するが、それだけで両者を完全に同一の職務と確定しない。12節は、聖なる人々が整えられて奉仕することを通し、体が築かれる関係として訳した。整えること・奉仕・建てることを並列の目的とする分析も可能。13節の μέχρι は到達までの限界を表す。「成熟した一人の大人」は単数の ἄνδρα τέλειον を共同体の成熟の像として表し、14節の幼い子どもとの対比を保持した。ἀνήρ は2:15などの ἄνθρωπος と別の語だが、ここで男性だけの成熟を述べるとはしない。ἡλικία は年齢・成熟・背丈に関わる語で、ここでは「成長の度合い」とした。 ↩
- 4:15–16。15節の ἀληθεύοντες は「真実を行い」とした。14節の教えと欺き、25節の真実を語る勧めは、「真実を語る」という読みも文脈から支える。単に正しい情報を発言することだけに限定しない本文の読みは保持した。16節の ἁφή は「つなぎ目」、ἐπιχορηγία は「供給」と読んだ。ἐξ οὗ を主動詞の成長にまで接続し、キリストから体が組み合わされて成長する関係を一文で保持した。具体的な解剖学の部位に確定しない。 ↩
- 4:17–19は書簡が提示する対比を保持した。すべての異邦人に関する現代的な観察や、編集者の評価ではない。18節の二つの διά 句は原文の順に並べた。心のかたくなさが無知の原因を説明する読みと、二つの理由を並列する読みがあり、本文で因果の順序を固定しない。ἀπηλγηκότες は「痛みを感じなくなり」としたが、身体の神経疾患という意味にはしない。πλεονεξία はここでは行いへの飽くなき欲として訳し、5:3・5では「貪欲」とした。 ↩
- 4:22–24の「脱ぎ捨てる」「新しくされる」「着る」は不定詞。21節の教えの内容として接続した。命令的に表すことも可能。23節の「新しくされる」は、前後の不定過去に対し現在形であり、進行する働きを「新しくされていき」で表した。τῷ πνεύματι τοῦ νοὸς ὑμῶν は「自分たちの思いの霊において」として構造を保った。人の思いに結び付く属格は内的な姿勢の読みを支えるが、神の霊との関係はなお追加確認を要する。中動・受動が同形であることだけから「自らを新しくする」という別解を確定しない。24節の「神にかたどって」は κατὰ θεόν の採用読解。「真理から生まれる」は τῆς ἀληθείας の採用読解で、「真の義と聖さ」という方向の訳も可能。νοῦς を「思い」、διάνοια を「思考」として区別した。 ↩
- 4:26の ὀργίζεσθε は命令形だが、続く禁止との関係から「怒っても」とした。怒ることへの積極的な命令とする読みも可能。詩編4:5が引用元候補だが、その本文形態の独立照合は未実施。27節の「場所」は τόπος を保持したもので、悪魔への機会・足場と解し得る。 ↩
- 5:3–5。πορνεία は「性的な不品行」とし、原文が明示しない具体的な行為の一覧を補わない。「口にされることさえ」は μηδὲ ὀνομαζέσθω の強い要求を保持する。4節の主格の名詞列にもこの述語が続くと読み、禁止を補った。これは省略された文の補完で、他版からの追加ではない。εὐτραπελία は文脈から「下品な冗談」としたが、すべての冗談を禁じるという説明にはしない。αἰσχρότης を「みだらな振る舞い」と読む語義は追加確認を要する。5節の偶像礼拝者は、直前の貪欲な者と結び付けて訳した。 ↩
- 5:11–14。ἐλέγχω は隠れた行いの誤りを明らかにすることとして訳した。13節の「これらすべて」は直前の隠れた行いを指すと読んだ。ὑπὸ τοῦ φωτός は明るみに出すことに結び付けたが、あらわにすることに結び付ける分析も可能。14節の φανερούμενον は「あらわにされるもの」。形は中動・受動で共通だが、それだけで能動的な「あらわにするもの」という別解の妥当性を確認したとはしない。光による顕現と光そのものの関係は難しく、単に「光に照らされる」という説明に置き換えない。続く引用の正確な出典は今回確認できていない。イザヤ書との関係や初期の歌との関係は、検証せずに断定しない。 ↩
- 5:16の ἐξαγοραζόμενοι τὸν καιρόν は機会を買い取るという表現で、「機会を十分に生かす」とした。単なる予定管理や、労働時間の延長という意味に限定しない。「日々が悪いもの」は原文の評価を保持した。 ↩
- 5:18の ἐν πνεύματι は霊を媒介・働きと読む「霊によって」を採った。「霊に満たされる」とする分析も可能。19–21節の互いに語ること、歌うこと、感謝すること、互いに従うことは、原文で分詞として18節に続く。日本語では勧めの文に分けたが、霊による充満とのつながりを切り離さない。 ↩
- 5:21–24。22節には「従う」という動詞がない。21節の ὑποτασσόμενοι を受けて、日本語では動詞を補った。他版の命令形を採用した訳ではない。24節後半にも動詞がなく、教会についての直説法を繰り返す読みと、勧めとして補う読みがある。本文は後者。21節の相互性と22節以降の具体的な関係を共に保持し、どちらかで他方を消さない。23節の「頭」の比喩は原文どおりで、その意味を権威または起源の一方だけに決定しない。 ↩
- 5:26の「言葉を伴う」は ἐν ῥήματι の採用読解。言葉によって清めるという分析も可能。水の洗いは洗礼との関係を考え得るが、原文に具体的な式文や儀礼の手順はない。27節の教会は、しみもしわもないものとして描かれ、特定の婚礼の実際の手順へ断定的に結び付けない。 ↩
- 5:31の引用は書簡本文から訳した。創世記2:24が典拠候補だが、今回ヘブライ語本文・七十人訳との独立照合は行っていない。「肉」は σάρξ を保持し、現代訳の文言には置き換えない。32節の秘められたことはキリストと教会に結び付けられる。結婚についての後代の制度的・教義的な定義は補っていない。 ↩
- 5:33の φοβῆται は恐れ・畏れに関わる語で、婚姻関係の文脈から「敬って」とした。5:21の φόβος(畏れ)、6:5の φόβος(恐れ)と同系語であり、同じ語の文脈上の訳し分けである。敬意だけに語義を確定する判断ではなく、追加校閲の対象。本文の妻と夫への勧めは古代の関係を伝える翻訳であり、暴力・威圧の肯定を補っていない。 ↩
- 6:2–3は書簡にある引用を訳した。出エジプト記20:12・申命記5:16が典拠候補だが、今回両底本との独立照合は未実施。「約束を伴う最初の戒め」は ἐντολὴ πρώτη ἐν ἐπαγγελίᾳ。「最初」が何を数えるかの説明や、長寿についての無条件の保証は加えていない。4節は πατέρες なので「父親たち」とした。 ↩
- 6:5–9。δοῦλοι は「奴隷」、κατὰ σάρκα κύριοι は「肉における主人」。現代の雇用関係へ置き換えない。6節の ἐκ ψυχῆς は「心の底から」とし、SBLGNTが θεοῦ の後に読点を置くことに沿って、7節の仕えることに結び付けた。6節の神の御心を行うことに結び付ける分析も可能。9節の「同じように」は τὰ αὐτά を相互の態度に関わる指示として保持したが、奴隷と主人の立場が制度上同じになったという説明はない。人間の「主人」とキリストの「主」は同じ κύριος であり、9節は両者に共通の一人の主を述べる。 ↩
- 6:12の「血と肉」は人間を指す表現として読めるが、本文では比喩を保持した。天の領域にある悪い存在を具体的な天使名や固定した階層に対応させない。11–17節の軍装の比喩を、人間集団への武力行使の命令へ読み替えない。 ↩
- 6:15–17。ἑτοιμασία τοῦ εὐαγγελίου τῆς εἰρήνης は「平和の福音がもたらす備え」と読んだ。「平和の福音を伝える用意」とする分析も可能。16節の ἐν πᾶσιν は「どのようなときにも」。「あらゆることにおいて」という読みも可能で、「何よりも」という優先順位を本文に加えない。17節は霊の剣を神の言葉と解する訳を採った。関係詞 ὅ は中性で女性名詞 μάχαιρα(剣)と性が一致せず、述語の中性名詞 ῥῆμα に引かれた一致として読む判断を含む。「明示される」とした初稿の断定は改めた。πνεῦμα(霊)を先行詞とする提案は、形の一致だけでは確定できず追加検証の対象。引用するべき固定の文句は指定されない。 ↩
- 6:22・24。24節の ἐν ἀφθαρσίᾳ は愛するあり方に結び付け、「朽ちることなく愛する」とした。原文にない名詞「愛」を補った初稿を改めた。恵みとの結び付けや、直前の主キリストとの結び付けも候補になるが、語順だけでは決定しない。22節の「送る」は過去形 ἔπεμψα を受取人の視点で述べる書簡的な表現として訳した。 ↩
底本と翻訳について
底本はMichael W. Holmes編 The Greek New Testament: SBL Edition(SBLGNT、2010年、公式表示v1.2)。Copyright 2010 by the Society of Biblical Literature and Logos Bible Software。公式配布元の固定コミットのエフェソ書本文を用いました。SBLGNTはCC BY 4.0で提供されています。配布元のライセンス全文と無保証等の利用条件も参照してください。
本文の[ ]は底本の角括弧を示します。訳者による強い補入を示す〔 〕とは区別します。
本稿はギリシア語本文の日本語翻訳、章節ごとの整形、独自訳注の追加を含みます。原権利者・編集者・Faithlifeによる公認や推奨を示すものではありません。本日本語訳と独自訳注は、権利が成立し公開者に帰属する範囲で、CC BY 4.0により提供します。
AI利用について
2026年10月4日にCodexを用いて、SBLGNTのギリシア語本文から全6章155節の独立初稿と38の訳注を作成し、同じAIによる原文照合と自己点検を行いました。今回、近現代語のエフェソ書既訳は閲覧・入力・逐節照合していません。訳注は原文に対するAIの判断であり、同日にClaude Code(Opus 5.5)による全155節・38注の校閲を受け、Codexが38件の指摘を原文と照合し、採否を記録して本文・訳注を改訂しました。改訂稿は同日にClaude Code(Opus 5.5)による再校閲を受けました。再校閲では重大な指摘はなく、軽微な指摘9件と提案4件が残りました。これら13件は本稿には未反映です。辞書・注解・引用元の旧約本文による独立検証、人間のギリシア語専門家による校閲、既訳との体系的な表現類似監査は未実施です。なお誤りが残る可能性があります。
本書の民族間の対比、妻と夫への勧め、奴隷と主人への言及は、古代本文の翻訳として保持しており、編集者による民族差別、威圧、奴隷制度への支持を意味しません。本稿は未公開の翻訳改訂稿です。