パウロ書簡

コロサイの人々への手紙

ΠΡΟΣ ΚΟΛΟΣΣΑΕΙΣ

第1章

1:1神の意志によってキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟テモテから、

1:2コロサイにいる、キリストにあって聖なる、忠実な兄弟たちへ。私たちの父である神から、あなたがたに恵みと平和がありますように。1

1:3私たちはあなたがたのために祈るとき、いつも私たちの主イエス・キリストの父である神に感謝しています。

1:4キリスト・イエスに対するあなたがたの信仰と、聖なるすべての人々に向ける愛について聞いたからです。

1:5その信仰と愛は、あなたがたのために天に蓄えられている希望に基づいています。あなたがたはこの希望について、福音という真理の言葉の中で、すでに聞いていました。2

1:6その福音はあなたがたのもとへ届きました。そして世界全体で実を結び、成長しているように、あなたがたの間でも、神の恵みを聞き、それを真実に認識した日から、実を結び、成長しています。

1:7それは、あなたがたが、私たちと共に仕える愛する奴隷、エパフラスから学んだとおりです。彼は私たちに代わって働く、キリストの忠実な奉仕者であり、3

1:8霊にあって抱いているあなたがたの愛を、私たちに知らせてくれました。

1:9そのため私たちも、このことを聞いた日から、あなたがたのために祈り、願うことをやめていません。あらゆる霊的な知恵と理解を通して、神の意志についての深い認識に、あなたがたが満たされますように。

1:10そして、主にふさわしく歩み、あらゆる点で主に喜ばれ、すべての良い働きにおいて実を結び、神についての深い認識において成長しますように。

1:11神の栄光ある強い力に応じて、あらゆる力で強められ、あらゆる忍耐と寛容を持つことができますように。そして喜びをもって、

1:12光のうちにある聖なる人々の相続分にあずかれるよう、あなたがたをふさわしい者としてくださった父に、感謝をささげますように。4

1:13父は私たちを闇の権威から救い出し、ご自身の愛する子の王国へ移してくださいました。

1:14この子にあって、私たちは贖い、すなわち罪の赦しを得ています。

1:15この方は、目に見えない神の像であり、すべての被造物に先立つ、最初に生まれた者です。5

1:16なぜなら、この方にあって、天と地にあるすべてのものが造られたからです。見えるものも見えないものも、王座であれ、主権であれ、支配であれ、権威であれ、すべてはこの方を通して、この方へ向けて造られています。

1:17この方はすべてのものより前から存在し、すべてのものはこの方にあって一つに保たれています。

1:18また、この方は体である教会の頭です。この方は始まりであり、死者の中から最初に生まれた者です。それは、あらゆることにおいて、この方が第一の者となるためです。

1:19なぜなら、神は、満ち満ちたものすべてがこの方のうちに住むことと、6

1:20この方を通して、すべてのものをご自身と和解させることを喜ばれたからです。この方の十字架の血を通して平和を実現し、この方を通して、地にあるものも天にあるものも、和解させるのです。7

1:21あなたがたもかつては、悪い行いの中で、神から離れ、思いにおいて敵対する者でした。8

1:22しかし今は、キリストの肉の体において、その死を通して和解させられました。それは、あなたがたを聖なる者、傷のない者、責められるところのない者として、神の前に立たせるためです。

1:23ただし、あなたがたが信仰にとどまり、しっかりと基礎を据えられ、堅く立ち、聞いた福音の希望から動かされないならば、です。この福音は、天の下にあるすべての被造物の間で宣べ伝えられました。私パウロは、その奉仕者となりました。

1:24今、私はあなたがたのために受ける苦しみを喜んでいます。そして、キリストの体である教会のために、キリストの苦難の足りない分を、私の肉において補っています。9

1:25私は教会の奉仕者となりました。あなたがたのために神から与えられた務めに従い、神の言葉を十分に伝えるためです。10

1:26それは秘められたことであり、幾つもの時代と世代にわたって隠されていました。しかし今や、神の聖なる人々に明らかにされました。

1:27神は、その人々に、この秘められたことが諸国の民の間で持つ栄光の豊かさを知らせようとされました。それは、あなたがたのうちにいるキリスト、栄光の希望です。11

1:28私たちはこのキリストを告げ知らせています。あらゆる知恵をもって、一人ひとりに戒めを与え、一人ひとりを教えています。それは、一人ひとりをキリストにあって成熟した者として立たせるためです。

1:29このために私も労苦し、私のうちで力強く働くこの方の働きに応じて、奮闘しています。

第2章

2:1実際、あなたがたのため、ラオディキアにいる人々のため、そして、私とじかに顔を合わせたことのないすべての人々のために、私がどれほど奮闘しているか、知ってほしいのです。

2:2それは、彼らの心が励まされ、彼らが愛によって結び合わされ、理解から生じる十分な確信の豊かさをすべて得て、神の秘められたこと、すなわちキリストを深く認識するためです。12

2:3この方のうちには、知恵と知識の宝がすべて隠されています。

2:4こう言うのは、誰も、もっともらしい議論であなたがたを欺かないようにするためです。

2:5私は肉においては離れていても、霊においてはあなたがたと共にいます。そして、あなたがたの秩序と、キリストに対する信仰の堅固さを見て、喜んでいます。

2:6ですから、あなたがたが主であるキリスト・イエスを受け入れたように、この方にあって歩んでください。

2:7この方に根を下ろし、この方にあって建て上げられ、教えられたとおりに信仰を堅くされ、感謝にあふれてください。

2:8気をつけてください。人間の伝承に従い、世界の諸要素に従って、キリストに従わない哲学と空しい欺きによって、誰かがあなたがたを捕らえ、連れ去ることのないように。13

2:9神性の満ち満ちたものすべてが、キリストのうちに、身体をもって住んでいるからです。14

2:10そしてあなたがたも、この方にあって満たされています。この方は、あらゆる支配と権威の頭です。

2:11この方にあって、あなたがたはまた、人の手によらない割礼を受けました。それは、肉の体を脱ぎ捨てること、キリストの割礼です。15

2:12あなたがたは洗礼において、この方と共に葬られました。また、その洗礼において、この方を死者の中から起こした神の働きを信じる信仰を通して、この方と共に起こされました。16

2:13あなたがたは、過ちと、自分たちの肉の無割礼の中で死んでいましたが、神はあなたがたをキリストと共に生かしてくださいました。私たちの過ちをすべて赦し、

2:14規定によって私たちに不利となり、私たちに敵対していた証書を消し去り、それを十字架に釘づけにして、取り除かれたのです。17

2:15神は支配と権威から武装を剝ぎ取り、公然とさらし、この十字架において、それらを凱旋の行列に引き出されました。18

2:16ですから、食べることや飲むこと、あるいは祭り、新月、安息日について、誰にもあなたがたを裁かせてはいけません。

2:17これらは来たるべきものの影であり、その実体はキリストに属しています。

2:18へりくだることや天使への礼拝を好み、自分の見たものに入り込み、肉の思いによって理由もなく思い上がっている者に、あなたがたの受けるべき賞を奪わせてはいけません。19

2:19その者は頭にしっかりつながっていません。頭であるこの方から、体全体は関節と結び目を通して養われ、結び合わされ、神による成長を遂げるのです。

2:20あなたがたがキリストと共に死んで、世界の諸要素から離れたのなら、なぜ、まだこの世界に生きているかのように、規定に従わされるのですか。

2:21「手に取るな、味わうな、触れるな」という規定です。

2:22その対象となるものはすべて、使えば滅びてしまうものです。なぜ、人間の命令や教えに従うのですか。

2:23これらの規定は、自分で選んだ礼拝、へりくだり、体を容赦なく扱うことにおいて、確かに知恵があるように見えます。しかし、肉の欲求を満たすことに対抗するには、何の価値もありません。20

第3章

3:1ですから、キリストと共に起こされたのなら、上にあるものを求めてください。そこではキリストが、神の右に座っています。

3:2地にあるものではなく、上にあるものへ思いを向けてください。

3:3あなたがたは死んだのであり、あなたがたの命は、キリストと共に、神のうちに隠されているからです。

3:4あなたがたの命であるキリストが現れるとき、あなたがたも、この方と共に栄光のうちに現れます。

3:5ですから、地にある体の部分を死なせてください。すなわち、性的な不品行、汚れ、情欲、悪い欲望、そして、偶像礼拝である貪欲です。21

3:6これらのために、神の怒りが不従順な者たちに臨むのです。

3:7あなたがたも、かつてこれらの中で生きていたときには、その中を歩んでいました。22

3:8しかし今は、あなたがたもこれらをすべて捨ててください。怒り、激怒、悪意、ののしり、そして口から出る下品な言葉です。

3:9互いにうそをついてはいけません。あなたがたは、古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、

3:10新しい人を身に着けたのです。この新しい人は、自分を造った方の像に従って、深い認識へと新しくされています。23

3:11そこには、ギリシア人とユダヤ人、割礼と無割礼、異国語を話す者、スキタイ人、奴隷、自由人という区別はありません。キリストがすべてであり、すべての人のうちにおられるのです。24

3:12ですから、神に選ばれた、聖なる、愛されている者として、深い憐れみ、親切、へりくだり、柔和、寛容を身に着けてください。

3:13互いに耐え忍び、誰かがほかの人に不満を抱いているなら、互いに赦し合ってください。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしてください。

3:14そして、これらすべての上に、愛を身に着けてください。愛は、完全さへと結び合わせるものです。25

3:15キリストの平和が、あなたがたの心のうちで判断を下すようにしてください。あなたがたは、一つの体にあって、この平和へと招かれたのです。また、感謝する者となってください。26

3:16キリストの言葉が、あらゆる知恵のうちに、あなたがたの間に豊かに住むようにしてください。詩編、賛歌、霊の歌によって互いに教え、戒め、感謝をもって、心のうちで神に歌ってください。27

3:17言葉であれ行いであれ、何をするにも、すべてを主イエスの名によって行い、この方を通して父である神に感謝をささげてください。

3:18妻たち、主にあってふさわしいこととして、夫に服してください。28

3:19夫たち、妻を愛し、妻に対してとげとげしくしてはいけません。

3:20子どもたち、あらゆることにおいて両親に聞き従ってください。これは主にあって喜ばれることだからです。

3:21父親たち、子どもたちをいらだたせてはいけません。子どもたちが気力を失わないためです。

3:22奴隷たち、あらゆることにおいて、肉における主人に聞き従ってください。人に気に入られようとして、見られているときだけ仕えるのではなく、主を畏れ、ひたむきな心で従ってください。

3:23何をするにも、人間のためではなく、主のためにするように、心から働いてください。

3:24主から、報いとして相続分を受けることを知っているのですから。あなたがたは主であるキリストに仕えているのです。29

3:25不正を行う者は、自分の行った不正に応じた報いを受けるからです。そこに、えこひいきはありません。

第4章

4:1主人たち、奴隷に対して、正しいことと公平な扱いを与えてください。あなたがたにも天に主がおられることを、知っているのですから。30

4:2祈りを続けてください。感謝をもって、祈りのうちに目を覚ましていてください。

4:3同時に、私たちのためにも祈ってください。神が私たちに、言葉を語る扉を開き、キリストの秘められたことを語れるようにと。私はこのことのために、獄につながれているのです。

4:4私が語るべき仕方で、それを明らかにできるようにと、祈ってください。

4:5外の人々に対して、知恵をもって歩み、機会を十分に生かしてください。

4:6あなたがたの言葉は、いつも好意に満ち、塩で味つけされたものであるようにしてください。一人ひとりにどのように答えるべきか、分かるようになるためです。31

4:7私についてのことはすべて、ティキコがあなたがたに知らせます。彼は愛する兄弟であり、忠実な奉仕者、主にあって共に仕える奴隷です。

4:8私が彼をあなたがたのもとに遣わしたのは、まさにこのためです。あなたがたが私たちの様子を知り、彼があなたがたの心を励ますためです。

4:9あなたがたの仲間である、忠実で愛する兄弟オネシモも一緒に遣わしました。二人は、こちらのことをすべてあなたがたに知らせます。

4:10私と共に捕らわれているアリスタルコと、バルナバのいとこマルコが、あなたがたに挨拶を送っています。マルコについては、あなたがたは指示を受けています。彼があなたがたのもとを訪れたら、迎え入れてください。

4:11ユストと呼ばれるイエスも、挨拶を送っています。割礼を受けた人々の中で、神の王国のために共に働く者は、この人たちだけです。彼らは私の慰めとなってくれました。

4:12あなたがたの仲間であり、キリストの奴隷であるエパフラスが、あなたがたに挨拶を送っています。彼はいつも、あなたがたのために祈りの中で奮闘しています。あなたがたが成熟した者となり、神のすべての意志について十分な確信をもって立つためです。

4:13彼があなたがたのため、またラオディキアとヒエラポリスにいる人々のために、多くの労苦をしていることを、私は証言します。

4:14愛する医者ルカとデマスが、あなたがたに挨拶を送っています。

4:15ラオディキアにいる兄弟たち、そしてニンファと、彼女の家に集まる教会に、挨拶を伝えてください。32

4:16この手紙があなたがたのところで朗読されたら、ラオディキアの教会でも朗読されるようにしてください。そして、ラオディキアから来る手紙を、あなたがたも朗読してください。33

4:17また、アルキポに伝えてください。「主にあって受け取った奉仕に心を配り、それを十分に果たしてください。」

4:18私パウロが、自分の手でこの挨拶を書いています。私が獄につながれていることを覚えていてください。恵みがあなたがたと共にありますように。

訳注

  1. 1:2。「忠実な」は πιστοῖς。「信じる者である」とも読める。「兄弟たち」は共同体の成員への呼びかけとして訳し、女性を除外する指定とはしない。SBLGNTのこの節は「私たちの父である神」で終わる。本文はこの採用本文に従った。 ↩
  2. 1:5。「希望に基づいて」は διὰ τὴν ἐλπίδα を4節の信仰と愛に結びつけた訳。感謝する理由に結びつける構文理解も可能。「希望」は単なる期待の気持ちだけでなく、「天に蓄えられている」という表現によって、期待されるものをも指す。 ↩
  3. 1:7。καθώς を「学んだとおり」と訳し、6節の福音の到来と恵みの認識に結びつけた。ἐμάθετε(学んだ)には目的語が明示されていない。SBLGNTは ὑπὲρ ἡμῶν(私たちのために/私たちに代わって)を採用している。本文はエパフラスの奉仕を差出人たちに代わる働きとして訳した。 ↩
  4. 1:11–12。ὑπομονή を「忍耐」、μακροθυμία を「寛容」と訳し、後者は3:12でも同じ訳語にした。前者を困難の中で耐えること、後者を性急に怒らず耐える姿勢として読み分けた。μετὰ χαρᾶς(喜びをもって)を続く「感謝をささげる」に結びつけたが、「忍耐と寛容」に結びつけることも可能。12節の「あなたがた」は採用本文の ὑμᾶς に対応する。 ↩
  5. 1:15–17。πρωτότοκος πάσης κτίσεως は直訳すれば「すべての被造物の最初に生まれた者」。πρωτότοκος は出生順と、それに伴う地位の両方を表し得る。「先立つ」は、属格を先行・優位の関係として読んだ解釈的な補いである。16節の創造の媒介者という記述と17節を踏まえた読みだが、属格の形だけで「被造物のうちで」とする部分の読みを排除することはできない。17節の πρὸ πάντων も本文では時間的な先行と読んだが、優位を表す読みの余地がある。 ↩
  6. 1:19。「神」は原文に明示されていない。εὐδόκησεν(喜んだ)の主語を神と補い、πᾶν τὸ πλήρωμα を κατοικῆσαι(住む)の主語と読んだ。「満ち満ちたものすべて」を「喜んだ」の主語として読む余地もある。2:9では「神性の満ち満ちたもの」と明示されるが、ここでは「神性」を本文に補わない。 ↩
  7. 1:20。本文の末尾側の「この方を通して」は、底本が角括弧に入れる [διʼ αὐτοῦ] を訳したもの。底本上の不確実性をここに記録し、黙って省略しない。「ご自身」を19節で補った神に結びつけ、「十字架の血」をキリストに結びつけた。εἰς αὐτόν は非再帰形で、16節ではキリストに結びつけて「この方へ向けて」と訳した同じ句である。20節でもキリストを指すと読む余地があり、本文の指示対象は一つの構文判断である。 ↩
  8. 1:21–22。21節では、離れていた相手が明示されていない。「神から」は和解の文脈から補った。22節のSBLGNTの採用語は ἀποκατηλλάγητε(あなたがたは和解させられた)という受動形であり、これに従った。「神の前」の「神」は αὐτοῦ の指示対象を神と判断した訳で、キリストを指すと読む可能性もある。 ↩
  9. 1:24。「足りない分」は τὰ ὑστερήματα、「補っています」は ἀνταναπληρῶ。本文にキリストの苦難の「不足」が述べられていることを保持した。どのような不足かはこの文だけでは定義されず、贖いの不十分さと断定することも、「不足はない」と本文を書き換えることもしない。パウロ自身の苦しみと教会のための奉仕という文脈で読む必要がある。 ↩
  10. 1:25、1:29。πληρῶσαι τὸν λόγον τοῦ θεοῦ は、直訳すれば「神の言葉を満たす/成し遂げる」。本文では奉仕と告知(28節)の文脈から「十分に伝える」とし、「伝える」を補った。言葉の実現・完成と読む余地もある。29節の「この方」は αὐτοῦ。直近の28節のキリストを指すと読んだが、神を指す読みもあり得る。 ↩
  11. 1:26–27。μυστήριον は「秘められたこと」と訳した。原文では隠されていたものが今や示されたとされ、不可知の謎へ限定しない。また、意図や設計を指す「計画」という意味を本文へ補わない。27節の ἐν ὑμῖν は「あなたがたのうちに」または「あなたがたの間に」。諸国の民の間でのキリストの現存と、個々の人の内における現存を、本文で一方に限定しない。 ↩
  12. 2:1–3。1節の「じかに顔を合わせた」は ἐν σαρκί(肉において)私の顔を見た、という表現を自然な日本語にしたもの。5節の「肉においては離れて」と対応する。2節の τοῦ μυστηρίου τοῦ θεοῦ, Χριστοῦ は、底本のコンマ位置を踏まえて Χριστοῦ を μυστηρίου と同格と読み、「神の秘められたこと、すなわちキリスト」と訳した。3節の ἐν ᾧ は本文ではキリストを指すと読んだが、「秘められたこと」を受ける読みも可能。 ↩
  13. 2:8、2:20。στοιχεῖα τοῦ κόσμου を「世界の諸要素」と訳した。世界の構成要素、初歩的な原理、世界に関係する霊的勢力など、語義と指示対象に幅がある。本文では「悪霊」や「律法」へ限定しない。「哲学」はこの文で批判される教えと欺きに結びついており、あらゆる哲学への無条件の評価へ一般化しない。20節の δογματίζεσθε は受動として「規定に従わされる」と読んだ。中動として、自ら規定に服すると読むことも可能。 ↩
  14. 2:9。θεότης は「神性」、σωματικῶς は「身体をもって」。神性の充満がキリストのうちに身体的な仕方で住むと読む。身体と比喩的な「実体」の関係について、本文に追加の形而上学的な定義は加えない。 ↩
  15. 2:11。「肉の体を脱ぎ捨てる」は ἀπέκδυσις τοῦ σώματος τῆς σαρκός。原文にない「罪の」を追加しない。「キリストの割礼」は、キリストによって施される割礼、キリストに属する割礼、キリストの死に関係する割礼などの構文理解が可能であり、属格の関係を本文で決め切らない。 ↩
  16. 2:12。二つ目の ἐν ᾧ を直前の「洗礼」に結びつけた。「キリストにあって」と読むことも可能。「神の働きを信じる」は τῆς ἐνεργείας τοῦ θεοῦ を信仰の対象と読んだ訳。信仰を神の働きの結果とする構文理解もある。 ↩
  17. 2:14。χειρόγραφον は手書きの証書を指す語で、負債の証書と読むことが可能。本文では「証書」とし、その内容を特定の法典や罪の一覧へ限定しない。τοῖς δόγμασιν を、その証書が不利に働く規定と結びつけたが、規定の内容は本文だけでは確定しない。20節の δογματίζεσθε は同じ語族であり、どちらも「規定」を用いた。ただし、両節が同一の規定群を指すことまでは確定しない。 ↩
  18. 2:15。13節以来の主語を神と読み、ἀπεκδυσάμενος を「剝ぎ取る」、支配と権威をその対象と読んだ。「武装」は、その剝ぎ取りを無力化として表す翻訳上の補い。キリストがこれらの勢力を自分から脱ぎ捨てたとする読みもある。ἐν αὐτῷ を直前の十字架に結びつけたが、「キリストにおいて」とも読める。「凱旋の行列に引き出す」は θριαμβεύω の勝利を示す比喩。 ↩
  19. 2:17–19。17節の σῶμα は「影」との対比から「実体」、19節では「体」と訳した。19節の ἐξ οὗ は男性形であり、女性名詞 κεφαλή(頭)に対応する意味上の人格、キリストを指すと読んだ。18節の καταβραβεύω は賞を得られないようにする語として訳し、3:15の βραβεύω と共通する審判の比喩を持つ。θρησκείᾳ τῶν ἀγγέλων は本文では「天使への礼拝」とし、天使が行う礼拝と読む可能性を残す。ἃ ἑόρακεν ἐμβατεύων は「自分の見たものに入り込む」と訳した。幻への没入、見たものを詳しく論ずることなど、具体的な活動は確定しない。SBLGNTには「見ていない」という否定語はない。礼拝や体験についての記述は著者の批判的な言葉であり、対象集団の実態を独立に確認した報告ではない。 ↩
  20. 2:23。ἐθελοθρησκία は「自分で選んだ礼拝」。末尾の οὐκ ἐν τιμῇ τινι πρὸς πλησμονὴν τῆς σαρκός は特に難解で、本文は「肉を満たすことに対抗する価値がない」と理解した。πρός を「対抗して」ではなく「向けて」と読む余地や、τιμή を体への配慮に結びつける余地がある。この箇所の訳は暫定的な構文判断で、専門辞書・注解による検討は未実施。「肉」は単なる食欲だけに限定しない。 ↩
  21. 3:5。「体の部分」は μέλη。「死なせる」は続く不品行や欲望を断つ比喩として読んでおり、身体を傷つける命令とは読まない。原文の体の比喩を保持し、列挙項目との関係を「すなわち」で示した。 ↩
  22. 3:7。ἐν οἷς を5節の悪徳を受ける中性として、「その中を」と訳した。男性として6節の不従順な者たちを受け、「その人々の間を」と読むことも可能。 ↩
  23. 3:9–10。ἀπεκδυσάμενοι(脱ぎ捨てて)と ἐνδυσάμενοι(身に着けて)はアオリスト分詞。本文は、互いにうそをつかない理由として、すでに行われたことを示すと読んだ。命令に伴う勧めとして読む余地もある。12節では「身に着けて」が命令形で用いられる。 ↩
  24. 3:11。βάρβαρος は本文では「異国語を話す者」。原文の外集団呼称としての含みを「野蛮」という訳者の評価へ増幅しない。「スキタイ人」は固有の集団名を保持した。「区別」は οὐκ ἔνι(いない/存在しない)と列挙された集団名の関係を説明する補い。ここでの差異の超克は、キリストにあって新しくされる人々の文脈で述べられる。ἐν πᾶσιν は男性なら「すべての人のうちに」、中性なら「すべてのもののうちに」と読める。本文は列挙された人々の文脈から前者を採った。 ↩
  25. 3:14。σύνδεσμος τῆς τελειότητος は「完全さの結び」。本文は属格を目標として、「完全さへと結び合わせるもの」と読んだが、「完全な結び」とする性質の読みも可能。ὅ は中性で、女性名詞の「愛」と性が一致しない。意味上の愛を受けるほか、愛を身に着けること全体を受ける余地がある。 ↩
  26. 3:15。βραβεύω は競技の審判に関係する語で、本文では「判断を下す」とした。2:18の καταβραβεύω と同じ語根を持ち、そこでは人が賞を奪うこと、ここではキリストの平和が判断することが述べられる。心の中の気分だけに限定せず、続く「一つの体」と共同体の関係を保持する。 ↩
  27. 3:16。底本は σοφίᾳ(知恵)の後に上点を置く。本文もこれに従い、「あらゆる知恵」を「言葉が豊かに住む」へ結びつけた。1:28との並行から、続く「互いに教え、戒める」へ結びつける読みも可能。詩編・賛歌・霊の歌は教えと戒めに結びつけて訳した。「感謝をもって」は ἐν χάριτι の文脈上の読みで、「恵みにあって」とする可能性もある。 ↩
  28. 3:18–4:1。妻・夫、子ども・父親、奴隷・主人への命令を、原文の関係を保持して訳した。18節の ὑποτάσσεσθε は「服する」、20・22節の ὑπακούετε は「聞き従う」と訳し分けた。前者は自らを下位に置く/服するという関係、後者は聞いて従う行為を指す語として読んだ。「あらゆることにおいて」は20・22節の κατὰ πάντα に対応し、18節にはない。δοῦλοι は「奴隷」であり、現代の雇用関係へ置き換えない。これらの翻訳は、奴隷制や家庭内の支配の現代的な支持・適用を意味しない。22節の「肉における主人」は、身体的・地上の関係における主人と、主キリストを区別する表現。 ↩
  29. 3:24。δουλεύετε は直説法と命令法が同形。本文は「仕えている」と読んだが、「仕えなさい」と読むこともできる。κληρονομία は「相続分」と訳した。1:12の κλῆρος とは別語だが、同じく、与えられるものを分かち受ける意味を保持した。 ↩
  30. 4:1。ἰσότης は公平・平等を指し得る。本文では主人の待遇に関する命令として「公平な扱い」と訳した。直ちに法的な身分の平等や制度の廃止まで明示されているとする訳は避けるが、その語義の幅は残る。 ↩
  31. 4:6。「好意に満ち」は ἐν χάριτι。3:16とは、発言と応答の文脈に応じて訳し分けた。「塩で味つけされた」という比喩は、具体的な発言技法へ置き換えず保持した。 ↩
  32. 4:15。SBLGNTは αὐτῆς(彼女の)を採用するため、ニンファを女性として訳した。「教会」は彼女の家に集まる共同体であり、建物の名称ではない。 ↩
  33. 4:16。ἐκ Λαοδικείας は「ラオディキアから」。その手紙の著者・宛先・現在伝わる書簡との同定は、この節では明示されないため断定しない。「朗読」は共同体で読むという前半の文脈に合わせた訳。 ↩

底本・翻訳について

底本:Michael W. Holmes編 The Greek New Testament: SBL Edition(SBLGNT、2010年、公式配布v1.2)。Copyright 2010 by the Society of Biblical Literature and Logos Bible Software。公式配布元の固定版コロサイ書本文を使用しました。底本はCC BY 4.0で提供され、配布元のライセンスと無保証等の条件が適用されます。底本をパブリックドメインとは扱いません。

本稿は原語本文からの日本語独立訳であり、翻訳、章節の整形、独自訳注の追加を行っています。原権利者による推奨・公認を示すものではありません。日本語訳・訳注は、権利が成立し公開者に帰属する範囲でCC BY 4.0とします。

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