第1章
1:1神の御心によってキリスト・イエスの使徒として召されたパウロと、兄弟ソステネから、
1:2コリントにある神の教会、キリスト・イエスにあって聖なる者とされ、聖なる人々として召された方々へ。また、どこにいても、私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めるすべての人々と共に。彼はその人々の主であり、私たちの主でもあります。1
1:3私たちの父である神と主イエス・キリストから、あなたがたに恵みと平和がありますように。
1:4キリスト・イエスにあってあなたがたに与えられた神の恵みのゆえに、私はいつも、あなたがたのことで私の神に感謝しています。
1:5あなたがたは彼にあって、あらゆる言葉とあらゆる知識において、すべての点で豊かにされたからです。
1:6キリストについての証言が、あなたがたのうちで確かなものとされたとおりです。
1:7そのため、あなたがたにはどの恵みの賜物も欠けておらず、私たちの主イエス・キリストが現れるのを待ち望んでいます。
1:8この方はまた、あなたがたを最後まで堅く支え、私たちの主イエス・キリストの日に、責められるところのない者としてくださいます。
1:9神は真実な方です。この方によってあなたがたは、その子、私たちの主イエス・キリストとの交わりへと召されたのです。
1:10兄弟たち、私たちの主イエス・キリストの名によって、あなたがたに勧めます。皆が同じことを語り、あなたがたの間に分裂がなく、同じ思い、同じ判断で結び合わされていてください。
1:11私の兄弟たち、あなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人々から知らされたからです。
1:12私が言っているのは、あなたがたがそれぞれ「私はパウロのもの」「私はアポロのもの」「私はケファのもの」「私はキリストのもの」と言っていることです。
1:13キリストは分けられてしまったのですか。あなたがたのために十字架につけられたのは、まさかパウロではないでしょう。あるいは、あなたがたはパウロの名に入る洗礼を受けたのでしょうか。
1:14あなたがたのうち、クリスポとガイオ以外の誰にも洗礼を授けなかったことを、私は感謝しています。
1:15私の名に入る洗礼を受けたと、誰にも言わせないためです。
1:16もっとも、ステファナの家の人々にも洗礼を授けました。それ以外に誰かに授けたかどうかは、覚えていません。
1:17キリストが私を遣わしたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げるためです。しかも、言葉の知恵によってではありません。キリストの十字架が空しくされないためです。
1:18十字架の言葉は、滅びへ向かう人々には愚かさですが、救いへ向かう私たちには神の力だからです。
1:19こう書かれています。「私は知恵ある者たちの知恵を滅ぼし、理解ある者たちの理解を退ける。」
1:20知恵ある者はどこにいますか。学者はどこにいますか。この時代の論客はどこにいますか。神は世の知恵を愚かなものにしたではありませんか。
1:21というのも、神の知恵において、世は自らの知恵によって神を知らなかったので、神は、宣べ伝えられることの愚かさを通して、信じる人々を救うことをよしとされたからです。
1:22ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探し求めますが、
1:23私たちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。ユダヤ人にはつまずき、異邦人には愚かさです。
1:24けれども、召された人々には、ユダヤ人にもギリシア人にも、キリストは神の力、神の知恵です。
1:25神の愚かさは人間より知恵があり、神の弱さは人間より強いからです。
1:26実際、兄弟たち、自分たちが召されたことを見てください。肉の基準で知恵ある者は多くなく、力ある者も、名門の生まれの者も多くありません。
1:27むしろ神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、世の愚かなものを選び、強いものを恥じ入らせるために、世の弱いものを選びました。
1:28また神は、世で卑しいもの、見下されているもの、すなわち存在しないものを選びました。存在するものを無力にするためです。2
1:29どんな人間も、神の前で誇れないようにするためです。
1:30神によって、あなたがたはキリスト・イエスのうちにいます。この方は、神から私たちの知恵となり、義、聖別、贖いとなりました。
1:31それは、書かれているとおり、「誇る者は主にあって誇れ」となるためです。
第2章
2:1兄弟たち、私もまた、あなたがたのところへ行ったとき、神についての証言を告げ知らせるのに、言葉や知恵の卓越さによったのではありません。3
2:2あなたがたの間では、イエス・キリスト、それも十字架につけられたこの方以外、何も知るまいと決めていたからです。
2:3あなたがたのところにいた私は、弱さのうちにあり、恐れ、大いに震えていました。
2:4私の言葉と宣教は、知恵による説得によらず、霊と力が示されることによっていました。
2:5あなたがたの信仰が、人間の知恵にではなく、神の力に基づくためです。
2:6しかし私たちは、成熟した人々の間では知恵を語ります。ただし、この時代の知恵でも、この時代の、無力にされつつある支配者たちの知恵でもありません。
2:7私たちが語るのは、奥義のうちにある、隠されてきた神の知恵です。神が私たちの栄光のために、諸々の時代より前に定めたものです。
2:8この時代の支配者たちは誰も、この知恵を知りませんでした。知っていたなら、栄光の主を十字架につけなかったでしょう。
2:9しかし、こう書かれています。「目が見ず、耳が聞かず、人の心に浮かんだこともないもの、それらを神は、ご自分を愛する人々のために備えた。」
2:10神は、霊を通して、私たちにそれを明らかにしてくださったからです。霊はすべてを、神の深みにまで探り究めるからです。
2:11人の内にあるその人の霊でなければ、その人のことを知る人間がいるでしょうか。同じように、神の霊でなければ、神のことを知る者はいません。
2:12私たちが受けたのは世の霊ではなく、神からの霊です。神が恵みとして私たちに与えてくださったものを知るためです。
2:13私たちはそれを、人間の知恵に教えられた言葉ではなく、霊に教えられた言葉で語り、霊に属することを、霊に属する言葉で説明します。4
2:14自然のいのちに属する人は、神の霊に属することを受け入れません。その人には愚かさだからです。また、それを知ることもできません。それは霊によって判断されるからです。5
2:15霊に属する人はすべてを判断しますが、その人自身は誰からも判断されません。
第3章
3:1兄弟たち、私はあなたがたに、霊に属する人々として語ることができず、肉に属する人々、キリストにあって幼い子どもたちとして語りました。7
3:2私はあなたがたに乳を飲ませ、固い食物を与えませんでした。まだ受け入れられなかったからです。実際、今もまだ受け入れられません。
3:3あなたがたはまだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみと争いがあるなら、肉に属し、人間のあり方に従って歩んでいるのではありませんか。
3:4ある人が「私はパウロのもの」と言い、別の人が「私はアポロのもの」と言うのなら、あなたがたはただの人間ではありませんか。
3:5では、アポロとは何ですか。パウロとは何ですか。奉仕者であり、あなたがたは彼らを通して信じたのです。それも、主がそれぞれに与えたとおりに。8
3:6私が植え、アポロが水を注ぎました。しかし、神は成長させ続けました。
3:7ですから、植える者も水を注ぐ者も、それ自体は何ものでもありません。大切なのは、成長させる神です。
3:8植える者と水を注ぐ者は一つです。しかしそれぞれ、自分の労苦に応じて、自分の報酬を受けます。
3:9私たちは神に属して共に働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物だからです。9
3:10私に与えられた神の恵みに従って、私は知恵ある棟梁として土台を据え、別の人がその上に建てています。各人は、どのように建てるかに注意しなければなりません。
3:11すでに据えられた土台、すなわちイエス・キリスト以外の土台を、誰も据えることはできないからです。
3:12この土台の上に、金、銀、貴重な石、木、草、わらで建てる人がいるなら、
3:13各人の仕事は明らかになります。かの日がそれを示すからです。その日は火のうちに現れるからです。そして、各人の仕事がどのようなものかを、その火自体が試すのです。10
3:14その上に建てた仕事が残るなら、その人は報酬を受けます。
3:15その仕事が焼けてしまうなら、その人は損失を被ります。しかし本人は救われます。ただし、火をくぐるようにしてです。
3:16あなたがたは神の神殿であり、神の霊があなたがたのうちに住んでいることを、知らないのですか。
3:17神の神殿を滅ぼす者がいるなら、神はその人を滅ぼします。神の神殿は聖なるものであり、その神殿はあなたがたなのです。
3:18誰も自分を欺いてはいけません。あなたがたの中で、この時代において知恵があると思う人は、知恵ある者となるために、愚かな者となりなさい。
3:19この世の知恵は、神のもとでは愚かさだからです。こう書かれています。「知恵ある者たちを、彼ら自身の悪知恵で捕らえる方。」
3:20また、「主は知恵ある者たちの考えを知っておられる。それらが無益なことを」ともあります。
3:21ですから、誰も人間を誇ってはいけません。すべてはあなたがたのものだからです。
3:22パウロもアポロもケファも、世も、いのちも死も、現在のものも将来のものも、すべてあなたがたのものです。
3:23しかし、あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものです。
第4章
4:1人は私たちを、キリストの従者、神の奥義を管理する者と考えるべきです。
4:2そして、管理する者に求められるのは、忠実であると認められることです。
4:3あなたがたに、あるいは人間の法廷に審査されることは、私にはごく小さなことです。私自身、自分を審査することもしません。11
4:4自分にやましいことは何もありませんが、それで義と認められたわけではありません。私を審査するのは主です。
4:5ですから、主が来られるまでは、時に先立って何も裁いてはいけません。主は闇に隠されたことを照らし出し、心の意図を明らかにします。そのとき、それぞれに神からの称賛が与えられます。
4:6兄弟たち、あなたがたのために、私はこれらのことを自分とアポロに当てはめて示しました。私たちを通して「書かれていることを越えない」ということを学び、ある人の側に立って別の人に敵対し、思い上がらないためです。12
4:7誰があなたを特別な者にしたのですか。あなたの持つもので、受けなかったものがあるでしょうか。受けたのなら、なぜ受けなかったかのように誇るのですか。
4:8あなたがたはもう満ち足り、もう豊かになり、私たちを抜きにして王となりました。実際に王となっていてくれたなら、私たちもあなたがたと共に王として治められたでしょうに。
4:9私には、神が私たち使徒を、死刑を宣告された者のように、最後の者として人前にさらしたと思われます。私たちは、世にも、天使にも、人間にも、見せ物となったからです。
4:10私たちはキリストのために愚かであり、あなたがたはキリストにあって賢明です。私たちは弱く、あなたがたは強い。あなたがたは尊ばれ、私たちは卑しめられています。
4:11今この時まで、私たちは飢え、渇き、着る物も十分になく、殴られ、住まいも定まらず、
4:12自分の手で働いて労苦しています。ののしられれば祝福し、迫害されれば耐え忍び、
4:13中傷されれば穏やかに語りかけます。今に至るまで、私たちは世の汚物、すべての人からこそぎ落とされたくずのようになりました。
4:14これを書くのは、あなたがたを恥じ入らせるためではなく、愛する私の子どもとして諭すためです。
4:15というのも、たとえあなたがたに、キリストにあって一万人の養育係がいても、父親が多くいるわけではありません。キリスト・イエスにあって、福音を通して、私があなたがたを生んだのです。
4:16ですから、あなたがたに勧めます。私に倣う者となってください。
4:17このために、私はテモテをあなたがたのもとへ遣わしました。彼は主にあって、愛する忠実な私の子です。私が至るところのすべての教会で教えているとおり、キリスト・イエスにある私の歩みを、あなたがたに思い起こさせてくれます。
4:18ある人々は、私があなたがたのもとへ来ないと思って、思い上がっています。
4:19しかし、主がお望みなら、私は間もなくあなたがたのもとへ行きます。そして、思い上がった人々の言葉ではなく、その力を確かめます。
4:20神の国は言葉にではなく、力にあるからです。
4:21あなたがたは何を望みますか。私が杖を持って行くことですか。それとも、愛と柔和な霊をもって行くことですか。
第5章
5:1あなたがたの間に性的不品行があると、広く聞こえてきます。それも、異邦人の間にさえないような不品行、すなわち、ある人が父の妻を自分のものとしているというのです。
5:2それなのに、あなたがたは思い上がっているのですか。むしろ、その行為をした者があなたがたの中から取り除かれるよう、嘆き悲しむべきではなかったのですか。
5:3というのは、私は体では離れていますが、霊ではそこにおり、まるでその場にいるように、そのようなことをした者について、すでに判断を下しました。
5:4私たちの主イエスの名によって、あなたがたと私の霊が、私たちの主イエスの力と共に集められるとき、
5:5肉の滅びのために、そのような者をサタンに引き渡すという判断です。それは、主の日に、その霊が救われるためです。13
5:6あなたがたの誇りは良いものではありません。わずかなパン種が練り粉全体を発酵させることを、知らないのですか。
5:7古いパン種をすっかり取り除き、新しい練り粉となりなさい。あなたがたは、すでにパン種のない者なのですから。私たちの過越のいけにえ、キリストは、すでにささげられたのです。
5:8ですから、古いパン種、悪意や邪悪のパン種によらず、誠実と真実という、パン種のないパンで祭りを祝いましょう。
5:9私は手紙で、性的不品行を行う者たちと交わらないようにと書きました。
5:10それは、この世で性的不品行を行う者、貪欲な者、奪い取る者、偶像を礼拝する者と一切交わらないという意味ではありません。それでは、あなたがたは世から出て行かなければならないでしょう。
5:11しかし今、私は書き送ります。兄弟と呼ばれていながら、性的不品行を行う者、貪欲な者、偶像を礼拝する者、人をののしる者、酔いにふける者、奪い取る者であるなら、その人と交わらず、食事さえ共にしないように、と。14
5:12外の人々を裁くことが、私と何の関係がありますか。あなたがたが裁くのは内にいる人々であり、
5:13外の人々は神が裁くのではありませんか。「あなたがた自身の中から、悪を行う者を取り除きなさい。」
第6章
6:1あなたがたの誰かが、別の人との争いを抱えたとき、聖なる人々の前でではなく、不義な人々の前で、あえて裁判を受けようとするのですか。15
6:2それとも、聖なる人々が世を裁くことを、知らないのですか。世があなたがたによって裁かれるなら、ごく小さな事件を裁く資格がないのですか。
6:3私たちが天使を裁くことを、知らないのですか。まして、日常の暮らしのことはなおさらです。
6:4それなのに、日常の事件があると、教会では見下されている人々を、裁きの席に着かせるのですか。16
6:5あなたがたを恥じ入らせるために言います。兄弟同士の間を判断できる知恵ある人が、あなたがたの中に一人もいないのですか。
6:6それどころか、兄弟が兄弟を訴え、しかも信じない人々の前で裁判を受けるのですか。
6:7互いに訴訟を起こしていること自体、すでにあなたがたの敗北です。なぜ、むしろ不正を受けるままにしないのですか。なぜ、むしろ奪われるままにしないのですか。
6:8ところが、あなたがたの方が不正を働き、奪い取っています。それも、兄弟たちに対してです。
6:9それとも、不義な人々は神の国を受け継がないことを、知らないのですか。惑わされてはいけません。性的不品行を行う者、偶像を礼拝する者、姦淫する者、柔弱な者、男と床を共にする者、17
6:10盗む者、貪欲な者、酔いにふける者、人をののしる者、奪い取る者は、神の国を受け継ぎません。
6:11あなたがたの中にも、そのような人がいました。しかし、あなたがたは洗われました。聖なる者とされました。義と認められました。主イエスの名と、私たちの神の霊によってです。
6:12「私にはすべてが許されている。」しかし、すべてが益になるわけではありません。「私にはすべてが許されている。」しかし私は、何ものにも支配されません。18
6:13「食物は腹のため、腹は食物のため。」しかし神は、その両方を無用にします。一方、体は性的不品行のためではなく、主のためにあり、主は体のためにおられます。
6:14神は主を起こしましたし、その力によって私たちをも起こしてくださいます。
6:15あなたがたの体がキリストの肢体であることを、知らないのですか。それなら、私がキリストの肢体を取り上げて、娼婦の肢体にするのでしょうか。決してそうではありません。19
6:16それとも、娼婦と結びつく者は、一つの体であることを、知らないのですか。「二人は一つの肉となる」と言われているからです。
6:17しかし、主と結びつく者は、一つの霊です。
6:18性的不品行から逃れなさい。人が行うどんな罪も体の外にありますが、性的不品行を行う者は、自分の体に対して罪を犯すのです。20
6:19それとも、あなたがたの体は、神から受けてあなたがたの内におられる聖なる霊の神殿であることを、知らないのですか。あなたがたは自分自身のものではありません。
6:20あなたがたは代価を払って買い取られたからです。ですから、自分の体で神の栄光を現しなさい。
第7章
7:1あなたがたが書いてきたことについてですが、「男は女に触れない方がよい。」21
7:2しかし、性的不品行を避けるため、男はそれぞれ自分の妻を持ち、女はそれぞれ自分の夫を持ちなさい。
7:3夫は妻に対して、その務めを果たしなさい。同じように、妻も夫に対して果たしなさい。
7:4妻は自分の体を支配するのではなく、夫が支配します。同じように、夫も自分の体を支配するのではなく、妻が支配します。
7:5互いに相手から奪ってはいけません。ただ、祈りに専念するため、合意のうえで一時的に離れる場合は別です。その後はまた共にいなさい。自制できないことにつけ込んで、サタンがあなたがたを誘惑しないためです。
7:6これは許容として言っているのであって、命令ではありません。
7:7私はすべての人が私と同じようであることを望みます。しかし、一人ひとりは神から自分固有の賜物を受けており、ある人はこのように、別の人は別のように受けています。
7:8結婚していない人々と、夫を亡くした女性たちに言います。私のように、そのままでいるのがよいでしょう。
7:9しかし、自制できないなら結婚しなさい。欲情に焼かれるより、結婚する方がよいからです。
7:10結婚している人々に命じます。命じるのは私ではなく、主です。妻は夫から離れてはいけません。22
7:11もし離れたなら、結婚せずにいるか、夫と和解しなさい。また、夫は妻を離縁してはいけません。
7:12ほかの人々には、主ではなく私が言います。信じない妻を持つ兄弟がいて、妻が共に暮らすことに同意しているなら、その妻を離縁してはいけません。
7:13信じない夫を持つ女性がいて、夫が共に暮らすことに同意しているなら、その夫を離縁してはいけません。
7:14信じない夫は妻によって聖なる者とされ、信じない妻は兄弟である夫によって聖なる者とされているからです。そうでなければ、あなたがたの子どもたちは汚れた者ということになります。しかし実際には、聖なる者です。
7:15しかし、信じない人が離れるなら、離れるままにしなさい。そのような場合、兄弟や姉妹は奴隷のように縛られてはいません。神は、平和のうちに私たちを召したのです。
7:16妻よ、自分が夫を救うかどうか、どうして分かるのですか。夫よ、自分が妻を救うかどうか、どうして分かるのですか。
7:17ただ、それぞれ、主が分け与えたとおりに、神が召したとおりに歩みなさい。私はすべての教会で、このように定めています。
7:18割礼を受けた状態で召された人は、それを取り消そうとしてはいけません。割礼を受けていない状態で召された人は、割礼を受けてはいけません。
7:19割礼も無割礼も、それ自体は何でもありません。大切なのは、神の戒めを守ることです。
7:20それぞれ、召されたときの状態にとどまりなさい。
7:21奴隷として召されたのですか。そのことを気に病む必要はありません。しかし、自由になることができるなら、むしろその機会を用いなさい。23
7:22主にあって召された奴隷は、主に属する解放された者だからです。同じように、自由な者として召された人は、キリストの奴隷です。
7:23あなたがたは代価を払って買い取られました。人間の奴隷となってはいけません。
7:24兄弟たち、それぞれ、召されたときの状態で、神のもとにとどまりなさい。
7:25おとめたちについては、主からの命令を私は受けていません。しかし、主の憐れみによって信頼できる者とされた者として、私の判断を示します。
7:26今ある苦境のゆえに、今のままでいることがよいと、私は考えます。人はそのようにしているのがよいのです。24
7:27妻と結ばれていますか。解かれることを求めないでください。妻から解かれていますか。妻を求めないでください。
7:28しかし、結婚しても罪を犯したことにはなりません。おとめが結婚しても、罪を犯したことにはなりません。ただ、そのような人々は肉において苦難を受けるでしょう。私はあなたがたをいたわっているのです。
7:29兄弟たち、私が言うのは、時が縮められているということです。これからは、妻のある人は妻がない者のように、
7:30泣く人は泣かない者のように、喜ぶ人は喜ばない者のように、買う人は所有しない者のように、
7:31世を利用する人は利用し尽くさない者のようにしていなさい。この世のありさまは過ぎ去っていくからです。
7:32私はあなたがたが思い煩わずにいることを望みます。結婚していない男は、どうすれば主に喜ばれるかと、主に属することを心にかけます。
7:33結婚した男は、どうすれば妻に喜ばれるかと、世に属することを心にかけ、
7:34心が分かれています。夫のいない女性とおとめは、体でも霊でも聖なる者であるために、主に属することを心にかけます。結婚した女性は、どうすれば夫に喜ばれるかと、世に属することを心にかけます。
7:35これを言うのは、あなたがた自身の益のためです。あなたがたに縄をかけるためではなく、ふさわしく振る舞い、気を散らさずに主に仕えるためです。
7:36ある人が、自分のおとめ〔娘〕に対してふさわしくない扱いをしていると考え、その娘が適齢期を過ぎ、そうなるべき事情があるなら、その人は望むとおりにしなさい。罪を犯すのではありません。〔娘とその相手の〕二人は結婚しなさい。25
7:37しかし、心に堅く立ち、必要に迫られず、自分の意志を自由に決められ、自分のおとめ〔娘〕をそのままにしておくと心のうちで決めた人は、よいことをするでしょう。
7:38ですから、自分のおとめ〔娘〕を嫁がせる人もよいことをしますが、嫁がせない人は、さらによいことをするでしょう。
7:39妻は、夫が生きている間は結ばれています。しかし夫が眠りについたなら、望む相手と結婚する自由があります。ただし、主にあってです。
7:40しかし、私の判断では、そのままでいる方が、より幸いです。私も神の霊を持っていると思います。
第8章
8:1偶像にささげられた食物についてですが、「私たちは皆、知識を持っている」と承知しています。知識は人を思い上がらせますが、愛は人を築き上げます。
8:2何かを知っていると思う人は、知るべきあり方でまだ知ってはいません。
8:3しかし、神を愛する人は、神に知られています。
8:4そこで、偶像にささげられた食物を食べることについてですが、偶像は世にあって何ものでもなく、神はただ一人のほかにいないと、私たちは知っています。
8:5というのは、天にも地にも、神々と呼ばれるものがいるとしても――実際、多くの神々、多くの主がいるように――、26
8:6私たちには、ただ一人の神である父がおられます。すべてはこの方から出ており、私たちはこの方へ向かいます。また、ただ一人の主イエス・キリストがおられます。すべてはこの方を通して存在し、私たちもこの方を通して存在します。
8:7しかし、すべての人がこの知識を持つわけではありません。ある人々は、今まで続く偶像へのなじみによって、食物を偶像にささげられたものとして食べ、その良心は弱いために汚されます。
8:8食物が私たちを神の前に立たせるのではありません。食べても優ることはなく、食べなくても劣ることはありません。
8:9ただし、このあなたがたの権利が、弱い人々のつまずきとならないよう、注意してください。
8:10知識を持つあなたが偶像の神殿で食卓に着いているのを誰かが見たなら、その人は弱いのに、その良心が「築き上げられ」、偶像にささげられた食物を食べるようになるのではありませんか。27
8:11実際、その弱い人、キリストがその人のために死んだ兄弟は、あなたの知識によって滅びるのです。
8:12このように兄弟たちに対して罪を犯し、その弱い良心を傷つけるとき、あなたがたはキリストに対して罪を犯しています。
8:13ですから、食物が私の兄弟をつまずかせるなら、兄弟をつまずかせないために、私はいつまでも肉を食べません。
第9章
9:1私は自由な者ではありませんか。使徒ではありませんか。私たちの主イエスを見たではありませんか。あなたがたは、主にあって私が働いた成果ではありませんか。
9:2ほかの人々にとって使徒でないとしても、少なくともあなたがたにとっては使徒です。主にあって、あなたがたこそが私の使徒職を証明する印だからです。
9:3私を審査する人々に対する、私の弁明はこれです。
9:4私たちには、食べたり飲んだりする権利がないのですか。
9:5ほかの使徒たち、主の兄弟たち、ケファと同じように、信仰の姉妹である妻を連れて歩く権利がないのですか。
9:6それとも、私とバルナバだけは、生活のための仕事をしないでいる権利がないのですか。
9:7自費で兵士を務める人がいるでしょうか。ぶどう園を植えて、その実を食べない人がいるでしょうか。群れを養い、その乳を口にしない人がいるでしょうか。
9:8私はこれを、人間の考えだけで言っているのでしょうか。律法も同じことを言っているではありませんか。
9:9モーセの律法には、「脱穀している牛に口籠をかけてはいけない」と書かれています。神が気にかけているのは、まさか牛のことなのでしょうか。
9:10それとも、まさしく私たちのために言っているのでしょうか。私たちのために書かれたのです。耕す者は希望をもって耕し、脱穀する者は分け前にあずかる希望をもって働くべきだからです。
9:11私たちがあなたがたに霊に属するものを蒔いたのなら、あなたがたから肉に属するものを刈り取ることが、それほど大きなことでしょうか。
9:12ほかの人々があなたがたに対するこの権利を持つなら、私たちはなおさらではありませんか。しかし、私たちはこの権利を使いませんでした。むしろ、キリストの福音に何の妨げも生じさせないよう、すべてに耐えています。
9:13聖なる務めを行う人々は神殿からの物を食べ、祭壇に仕える人々は祭壇のささげ物の分け前を受けることを、知らないのですか。
9:14同じように主も、福音を告げる人々には、福音によって生活するように定めました。
9:15しかし私は、これらの権利を一つも使っていません。これを書くのも、私にそうしてもらうためではありません。というのも、私には、むしろ死ぬ方がよいのです。……よりは――。私の誇りを、誰も空しくはしないでしょう。28
9:16というのも、福音を告げても、それは私の誇りにはなりません。避けられない務めが私に課せられているからです。福音を告げないなら、私には災いがあるからです。
9:17自ら進んでこれを行うなら、報酬があります。しかし、自ら進んでではないとしても、私は管理の務めを委ねられているのです。
9:18では、私の報酬は何でしょうか。福音を告げるとき、それを無償で差し出し、福音における私の権利を行使しないことです。29
9:19私はすべての人から自由でありながら、より多くの人を得るため、自分をすべての人の奴隷としました。
9:20ユダヤ人を得るため、ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。私自身は律法の下にいませんが、律法の下にいる人々を得るため、その人々には律法の下にいる者のようになりました。
9:21律法のない人々を得るため、その人々には律法のない者のようになりました。ただし、私は神の律法から離れているのではなく、キリストの律法のうちにいます。
9:22弱い人々を得るため、弱い人々には弱い者となりました。どんな仕方でも幾人かを救うため、すべての人に対して、あらゆる者となったのです。
9:23私は福音のために、すべてのことを行います。福音に共にあずかる者となるためです。
9:24競技場を走る人々は皆走りますが、賞を受けるのは一人だと、知らないのですか。賞をつかむように走りなさい。
9:25競技に挑む人は、すべてのことに自制します。彼らは朽ちる冠を受けるため、私たちは朽ちない冠を受けるためです。
9:26ですから私は、目当てのない走り方はせず、空気を打つような拳闘はしません。
9:27むしろ、自分の体を打ち据え、奴隷として従わせます。ほかの人々に宣べ伝えていながら、自分自身が失格とならないためです。
第10章
10:1というのは、兄弟たち、私はあなたがたに知っていてほしいのです。私たちの父祖は皆、雲の下におり、皆、海を通り抜けました。
10:2そして皆、雲と海のうちに、モーセに入る洗礼を受けました。
10:3皆、同じ霊に属する食物を食べ、
10:4皆、同じ霊に属する飲み物を飲みました。彼らについて来る、霊に属する岩から飲んでいたからです。その岩はキリストでした。
10:5しかし神は、彼らの大多数を喜びませんでした。彼らは荒野に打ち倒されたからです。
10:6これらは私たちへの実例となりました。彼らが悪を欲したように、私たちが悪を欲する者とならないためです。
10:7彼らのある者たちのように、偶像を礼拝する者となってはいけません。こう書かれています。「民は食べ、飲むために座り、立ち上がって遊び戯れた。」
10:8また、彼らのある者たちが行ったように、私たちは性的不品行を行わないようにしましょう。そして一日で二万三千人が倒れました。
10:9また、彼らのある者たちが試したように、私たちはキリストを試さないようにしましょう。彼らは蛇によって滅ぼされていきました。30
10:10また、彼らのある者たちが不平を言ったように、不平を言ってはいけません。彼らは滅ぼす者によって滅ぼされました。
10:11これらは、彼らに実例として起こり、諸々の時代の終わりが到来した私たちを諭すために書かれたのです。
10:12ですから、立っていると思う人は、倒れないように気をつけなさい。
10:13あなたがたに襲いかかった試練は、人間の受ける範囲を越えるものではありません。神は真実な方で、耐えられる以上にあなたがたが試されるのを許さず、試練と共に出口をも設けて、耐えられるようにしてくださいます。
10:14ですから、私の愛する人々よ、偶像礼拝から逃れなさい。
10:15私は、判断力のある人々に対して語っています。私の言うことを、あなたがた自身で判断してください。
10:16私たちが祝福する祝福の杯は、キリストの血に共にあずかることではありませんか。私たちが裂くパンは、キリストの体に共にあずかることではありませんか。
10:17パンが一つですから、多くの私たちも一つの体です。私たちは皆、一つのパンにあずかるからです。
10:18肉によるイスラエルを見てください。いけにえを食べる人々は、祭壇に共にあずかる者ではありませんか。
10:19それなら私は、何を言っているのでしょうか。偶像にささげられた物に何か実体がある、あるいは偶像に何か実体があるということでしょうか。
10:20そうではありません。彼らがいけにえをささげるとき、神ではなく悪霊にささげているということです。私は、あなたがたが悪霊と共にあずかる者となるのを望みません。
10:21主の杯と悪霊の杯の両方を飲むことはできません。主の食卓と悪霊の食卓の両方にあずかることはできません。
10:22それとも、私たちは主のねたみを引き起こすのですか。私たちは主より強いのでしょうか。
10:23「すべてが許されている。」しかし、すべてが益になるわけではありません。「すべてが許されている。」しかし、すべてが人を築き上げるわけではありません。
10:24誰も自分のことを求めず、ほかの人のことを求めなさい。
10:25肉市場で売られている物は、良心のために何も詮索せず、すべて食べなさい。
10:26「地と、そこを満たすすべてのものは、主のもの」だからです。
10:27信じない人の誰かがあなたがたを招き、行きたいと思うなら、出される物は、良心のために何も詮索せず、すべて食べなさい。
10:28しかし、誰かが「これはいけにえにささげられた物です」と言うなら、知らせたその人のため、また良心のために、食べてはいけません。
10:29良心と言うのは、自分のものではなく、ほかの人のものです。なぜ私の自由が、ほかの人の良心によって裁かれるのでしょうか。31
10:30私が感謝をもってあずかるなら、感謝をささげているその物のことで、なぜ非難されるのでしょうか。
10:31ですから、食べるにしても飲むにしても、何を行うにしても、すべてを神の栄光のために行いなさい。
10:32ユダヤ人にもギリシア人にも、神の教会にも、つまずきを起こさない者でありなさい。
10:33私も、自分の益ではなく、多くの人々の益を求め、すべてのことですべての人に喜ばれるようにしています。その人々が救われるためです。
第11章
11:1私がキリストに倣うように、あなたがたは私に倣う者となりなさい。
11:2あなたがたがすべてのことで私を覚えており、私が伝えたとおりに伝承を保っていることを、私は称賛します。
11:3しかし、知っていてほしいのです。すべての男の頭はキリスト、女の頭は男、キリストの頭は神です。32
11:4頭に物をかぶって祈ったり預言したりする男は皆、自分の頭を辱めます。
11:5頭を覆わずに祈ったり預言したりする女は皆、自分の頭を辱めます。それは、頭をそられた女とまったく同じことだからです。
11:6女が頭を覆わないのなら、髪も切ってしまいなさい。しかし、髪を切られたりそられたりすることが女にとって恥なら、頭を覆いなさい。
11:7男は神の像であり栄光ですから、頭を覆うべきではありません。一方、女は男の栄光です。
11:8男が女から出たのではなく、女が男から出たからです。
11:9また、男が女のために造られたのではなく、女が男のために造られたからです。
11:10そのため女は、天使たちのゆえに、頭の上に権威を持つべきです。33
11:11ただし、主にあって、女は男なしにはなく、男も女なしにはありません。
11:12女が男から出たように、男も女を通して生まれるからです。そして、すべては神から出ています。
11:13あなたがた自身で判断してください。女が頭を覆わずに神に祈ることは、ふさわしいでしょうか。
11:14自然そのものも、男が髪を長くするなら、それはその人にとって不名誉であり、
11:15女が髪を長くするなら、それはその人の栄光であると、あなたがたに教えているではありませんか。長い髪は、覆いとして与えられているからです。34
11:16しかし、争いを好む人がいるとしても、私たちにも神の諸教会にも、そのような習慣はありません。35
11:17次のことを指示するに当たっては、私は称賛しません。あなたがたの集まりが益にならず、かえって害になっているからです。
11:18まず、あなたがたが教会として集まるとき、あなたがたの間に分裂があると聞いています。そして、それをある程度信じています。
11:19あなたがたの間には、党派も生じなければならないからです。確かな者たちがあなたがたの間で明らかになるためです。
11:20ですから、あなたがたが一緒に集まっても、それは主の食事を食べることになっていません。
11:21食べるとき、それぞれが自分の食事を先に取ってしまい、ある人は飢え、別の人は酔っているからです。
11:22食べたり飲んだりする家がないのですか。それとも、神の教会を見下し、持たない人々を恥じ入らせるのですか。何と言えばよいでしょう。あなたがたを称賛しましょうか。このことでは称賛しません。
11:23私は主から受けたことを、あなたがたにも伝えました。主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、
11:24感謝をささげて裂き、こう言いました。「これは、あなたがたのための私の体です。私を思い起こすために、これを行いなさい。」
11:25食事の後、杯も同じようにして、こう言いました。「この杯は、私の血による新しい契約です。飲むたびに、私を思い起こすために、これを行いなさい。」
11:26というのは、このパンを食べ、杯を飲むたびに、あなたがたは、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるからです。
11:27ですから、ふさわしくない仕方でパンを食べ、または主の杯を飲む者は、主の体と血に対して責任を負うことになります。
11:28人は自分自身を吟味し、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。
11:29体を見分けずに食べ、飲む者は、自分に対する裁きを食べ、飲んでいるからです。36
11:30そのため、あなたがたの間には弱った人や病む人が多く、眠りについた人もかなりいます。
11:31私たちが自分自身を見分けているなら、裁かれないでしょう。37
11:32しかし、裁かれるとき、私たちは主によって訓練されています。世と共に断罪されないためです。
11:33ですから、私の兄弟たち、食事のために集まるときは、互いを待ちなさい。
11:34飢えている人は、家で食べなさい。あなたがたの集まりが裁きを招かないためです。ほかのことは、私が行ったときに定めます。
第12章
12:1兄弟たち、霊に属することについて、私はあなたがたに知っていてほしいのです。38
12:2あなたがたが異邦人であったとき、導かれるままに、声を出さない偶像のもとへ連れて行かれたことを、あなたがたは知っています。
12:3ですから、あなたがたに知らせます。神の霊によって語る者は誰も「イエスは呪われよ」とは言わず、聖なる霊によらなければ、誰も「イエスは主です」と言うことはできません。
12:4恵みの賜物にはさまざまなものがありますが、霊は同じです。
12:5奉仕にはさまざまなものがありますが、主は同じです。
12:6働きにはさまざまなものがありますが、すべての人のうちですべてを働かせる神は、同じです。
12:7一人ひとりに霊の現れが与えられるのは、共に益を得るためです。
12:8ある人には霊を通して知恵の言葉が与えられ、別の人には同じ霊に従って知識の言葉が与えられます。
12:9別の人には同じ霊にあって信仰が、別の人には一つの霊にあって癒やしの賜物が、
12:10別の人には力ある業を行う働きが、別の人には預言が、別の人には霊を見分けることが、別の人には種々の異言が、別の人には異言の解釈が与えられます。39
12:11これらすべてを働かせるのは、一つの同じ霊です。その望むとおりに、一人ひとりにそれぞれ分け与えるのです。
12:12体は一つでありながら、多くの部分を持ち、体の部分はすべて、多くありながら一つの体です。キリストも同じです。
12:13ユダヤ人もギリシア人も、奴隷も自由な人も、私たちは皆、一つの霊によって、一つの体に入る洗礼を受け、皆、一つの霊を飲ませてもらったからです。
12:14体は一つの部分ではなく、多くの部分からできているのです。
12:15足が「私は手ではないから、体に属していない」と言ったとしても、それで体に属さなくなるわけではありません。
12:16耳が「私は目ではないから、体に属していない」と言ったとしても、それで体に属さなくなるわけではありません。
12:17体全体が目であれば、聞くことはどこにあるでしょうか。全体が聞く器官であれば、嗅ぐことはどこにあるでしょうか。
12:18しかし実際、神はそれぞれの部分を、ご自分が望んだとおりに、体に配置しました。
12:19すべてが一つの部分だったなら、体はどこにあるでしょうか。
12:20しかし実際、部分は多く、体は一つです。
12:21目が手に「お前は要らない」と言うことはできず、頭も足に「お前たちは要らない」と言うことはできません。
12:22むしろ、体の部分のうち、弱く見えるものが、いっそう必要なのです。
12:23私たちが体の中で誉れに乏しいと思う部分には、より大きな誉れをまとわせます。また、私たちの見栄えのしない部分には、よりよい見栄えが備わります。
12:24見栄えのよい部分には、その必要がありません。しかし神は、足りない部分により大きな誉れを与えて、体を組み合わせました。
12:25体に分裂がなく、各部分が互いを等しく気にかけるためです。
12:26一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が栄誉を受ければ、すべての部分が共に喜びます。
12:27あなたがたはキリストの体であり、それぞれはその一部です。
12:28神は教会に、第一に使徒、第二に預言者、第三に教師を置きました。次に力ある業、次に癒やしの賜物、助ける働き、導く働き、種々の異言を置きました。
12:29皆が使徒というわけではないでしょう。皆が預言者というわけではないでしょう。皆が教師というわけではないでしょう。皆が力ある業を行うわけではないでしょう。
12:30皆が癒やしの賜物を持つわけではないでしょう。皆が異言で語るわけではないでしょう。皆が解釈するわけではないでしょう。
第13章
13:1たとえ私が人間の言語と天使の言語で語っても、愛を持たなければ、響く金属、鳴り騒ぐシンバルになったにすぎません。
13:2たとえ私が預言の賜物を持ち、すべての奥義とすべての知識を知り、山を移すほどのあらゆる信仰を持っていても、愛を持たなければ、私は何ものでもありません。
13:3たとえ私が持ち物をすべて分け与え、焼かれるために自分の体を引き渡しても、愛を持たなければ、私には何の益もありません。41
13:4愛は辛抱強く、親切に振る舞います。愛はねたまず、自慢せず、思い上がらず、
13:5礼を失することをせず、自分のことを求めず、いらだたず、受けた悪を数え上げません。
13:6不義を喜ばず、真実と共に喜びます。
13:7すべてを受け止め、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐え忍びます。42
13:8愛は決して倒れません。預言は無用になり、異言はやみ、知識も無用になります。
13:9私たちが知るのは部分的であり、預言するのも部分的だからです。
13:10しかし、完全なものが来たとき、部分的なものは無用になります。
13:11幼い子どもであったとき、私は子どものように話し、子どものように思い、子どものように考えました。大人となった今は、子どものあり方をやめました。
13:12今、私たちは鏡を通して、不明瞭な姿を見ています。しかしそのときには、顔と顔を合わせて見るのです。今、私が知るのは部分的ですが、そのときには、私が知られているように、十分に知るでしょう。
13:13今、信仰、希望、愛、この三つは残ります。そして、この中で最も大きいものは愛です。
第14章
14:1愛を追い求めなさい。また、霊に属するものを熱心に求めなさい。とりわけ、預言することを求めなさい。43
14:2異言で語る者は、人間にではなく、神に語ります。誰も聞いて理解しないからです。しかし、その人は霊によって奥義を語っています。
14:3一方、預言する者は、人々に、築き上げ、励まし、慰める言葉を語ります。
14:4異言で語る者は自分を築き上げ、預言する者は教会を築き上げます。
14:5私はあなたがた全員が異言で語ることを望みますが、それ以上に、預言することを望みます。教会が築き上げられるように解釈するのでなければ、異言で語る者より、預言する者の方が優っています。
14:6兄弟たち、今、私があなたがたのところへ行って異言で語っても、啓示、知識、預言、教えのいずれかを語らないなら、あなたがたに何の益があるでしょうか。
14:7笛でも竪琴でも、いのちを持たずに音を出すものも、音の違いを示さなければ、何を吹き、何を弾いているのか、どうして分かるでしょうか。
14:8また、ラッパがはっきりしない音を出すなら、誰が戦いの支度をするでしょうか。
14:9あなたがたも同じです。舌で分かりやすい言葉を発しなければ、話していることが、どうして分かるでしょうか。空に向かって話すことになるのです。
14:10世には、いくつもの種類の音声があるでしょう。そして、意味のないものは一つもありません。44
14:11ですから、その音声の意味が分からなければ、私は話す人にとって異国の者となり、話す人も私にとって異国の者となります。
14:12あなたがたも同じです。霊の働きを熱心に求めているのですから、教会を築き上げることに向けて、豊かになるよう求めなさい。45
14:13そのため、異言で語る者は、解釈できるように祈りなさい。
14:14私が異言で祈るなら、私の霊は祈っていますが、私の知性は実を結ばないからです。
14:15では、どうするのでしょう。私は霊で祈り、知性でも祈ります。霊で賛美を歌い、知性でも賛美を歌います。
14:16そうでなければ、あなたが霊で祝福するとき、事情を知らない人の立場にいる者は、あなたが何を言うか分からないのに、どうしてその感謝に「アーメン」と言えるでしょうか。
14:17あなたは立派に感謝していても、ほかの人は築き上げられません。
14:18私はあなたがたの誰よりも多く異言で語ることを、神に感謝しています。
14:19しかし教会では、異言で一万の言葉を語るより、ほかの人々にも教えるために、自分の知性で五つの言葉を語りたいと思います。
14:20兄弟たち、判断において子どもとなってはいけません。悪においては幼い子どもであり、判断においては成熟した者となりなさい。
14:21律法には、こう書かれています。「異なる言語を語る者たちと、異なる者たちの唇によって、私はこの民に語る。それでも彼らは私に聞き従わない、と主は言う。」
14:22ですから、異言は信じる人々のためではなく、信じない人々のためのしるしです。一方、預言は信じない人々のためではなく、信じる人々のためです。46
14:23そこで、教会全体が一緒に集まり、全員が異言で語っているとき、事情を知らない人々や信じない人々が入ってきたなら、あなたがたは正気を失っていると言うのではありませんか。
14:24しかし、全員が預言しているとき、信じない人や事情を知らない人が入ってきたなら、その人は全員によって誤りを示され、全員によって内面を問われ、
14:25心に隠されたことが明らかになります。こうして、その人はひれ伏して神を礼拝し、「確かに神はあなたがたのうちにおられる」と言い表すでしょう。
14:26では、兄弟たち、どうするのでしょう。集まるとき、それぞれに賛美の歌があり、教えがあり、啓示があり、異言があり、解釈があります。すべては、人を築き上げるために行われるようにしなさい。
14:27誰かが異言で語るなら、二人、多くても三人で、順番に語り、一人が解釈しなさい。
14:28解釈する者がいないなら、教会では黙り、自分自身と神に語りなさい。
14:29預言者は二人か三人が語り、ほかの人々はそれを吟味しなさい。
14:30座っている別の人に啓示が与えられたなら、先に語っていた人は黙りなさい。
14:31あなたがたは全員、一人ずつ預言できるからです。全員が学び、全員が励まされるためです。
14:32(また、預言者たちの霊は、預言者たちに従います。
14:33神は混乱の神ではなく、平和の神だからです。)聖なる人々のすべての教会におけるように。47
14:34女たちは教会で黙っていなさい。語ることは彼女たちに許されていません。律法も言うとおり、従っていなさい。48
14:35何かを学びたいなら、家で自分の夫に尋ねなさい。女が教会で語ることは恥だからです。
14:36それとも、神の言葉はあなたがたから出たのですか。あるいは、あなたがただけに届いたのですか。
14:37自分が預言者、または霊に属する者だと思う人は、私があなたがたに書いていることが主のものであると、認めなさい。49
14:38それを認めない人は、その人も認められません。
14:39ですから、私の兄弟たち、預言することを熱心に求め、異言で語ることを妨げてはいけません。
14:40しかし、すべてはふさわしく、秩序に従って行われるようにしなさい。
第15章
15:1兄弟たち、私があなたがたに告げた福音を、改めて知らせます。あなたがたはそれを受け入れ、その中に立っています。
15:2私がどのような言葉で福音を告げたかを保ち続けるなら、あなたがたはそれによって救われていきます。ただし、あなたがたがいたずらに信じたのでなければです。
15:3私が受けたことを、まず大切なこととして、あなたがたに伝えました。キリストは、聖書に従って、私たちの罪のために死んだこと、
15:4葬られたこと、聖書に従って三日目に起こされたこと、
15:5ケファに現れ、その後、十二人に現れたことです。
15:6その後、五百人を超える兄弟たちに、一度に現れました。その大多数は今も生きていますが、ある人々は眠りにつきました。
15:7その後、ヤコブに現れ、次いで、すべての使徒たちに現れました。
15:8そして最後に、時ならず生まれた者のような私にも現れました。50
15:9私は使徒たちの中で最も小さい者で、使徒と呼ばれるに値しません。神の教会を迫害したからです。
15:10しかし、神の恵みによって、私は今の私なのです。私への神の恵みは空しくなりませんでした。むしろ私は、彼らの誰よりも多く労苦しました。ただし、それは私ではなく、私と共にある神の恵みです。
15:11ですから、私であれ彼らであれ、私たちはこのように宣べ伝え、あなたがたはこのように信じたのです。
15:12さて、キリストが死者の中から起こされたと宣べ伝えられているのなら、どうしてあなたがたの中のある人々は、死者の復活はないと言うのですか。
15:13死者の復活がないなら、キリストも起こされていません。
15:14キリストが起こされていないなら、私たちの宣教は空しく、あなたがたの信仰も空しいものです。
15:15そればかりか、私たちは神について偽りの証人であると分かります。神がキリストを起こしたと、神について証言したからです。もし死者が起こされないなら、神はキリストを起こしていなかったことになります。51
15:16死者が起こされないなら、キリストも起こされていないからです。
15:17キリストが起こされていないなら、あなたがたの信仰は無益で、あなたがたは今も罪のうちにいます。
15:18そうすると、キリストにあって眠りについた人々も、滅びたことになります。
15:19私たちがキリストに希望を置いているのが、この人生だけに限られるなら、私たちはすべての人の中で最も憐れな者です。
15:20しかし今や、キリストは死者の中から起こされ、眠りについた人々の初穂となっています。
15:21死が一人の人間を通して来たのですから、死者の復活も、一人の人間を通して来るのです。
15:22アダムにあってすべての人が死ぬように、キリストにあってすべての人はいのちを与えられます。
15:23ただし、それぞれに順番があります。初穂はキリスト、次に、その来臨のとき、キリストに属する人々です。
15:24その後、終わりが来ます。キリストがあらゆる支配、あらゆる権威と力を無力にし、神である父に王国を引き渡すときです。
15:25キリストは、すべての敵が自分の足の下に置かれるまで、王として治めなければならないからです。
15:26最後の敵として無力にされるのは、死です。
15:27「すべてを彼の足の下に従わせた」からです。しかし、すべてが従わせられたと言うとき、彼にすべてを従わせた方が含まれていないことは、明らかです。
15:28すべてが御子に従わせられたとき、御子自身も、自分にすべてを従わせた方に従います。神がすべてにおいて、すべてとなられるためです。
15:29そうでなければ、死者のために洗礼を受ける人々は、何をしようというのでしょう。死者がまったく起こされないなら、なぜ、その人々のために洗礼を受けるのですか。52
15:30また、なぜ私たちも、いつも危険に身をさらすのでしょうか。
15:31私は日々、死んでいます。私たちの主キリスト・イエスにあって私が持つ、あなたがたについての誇りにかけて言います。53
15:32私がエフェソで野獣と戦ったのが、人間の観点からだけであったなら、私に何の益があるでしょうか。死者が起こされないなら、「食べ、飲もう。明日には死ぬのだから。」54
15:33惑わされてはいけません。「悪い交わりは、良い習慣を損なう」のです。
15:34正しく正気に立ち返り、罪を犯すのをやめなさい。ある人々は神を知らないでいるからです。あなたがたを恥じ入らせるために、私は言っています。
15:35しかし、ある人は言うでしょう。「死者はどのように起こされるのですか。どのような体で来るのですか。」
15:36愚かな人よ。あなたが蒔くものは、死ななければいのちを与えられません。
15:37また、あなたが蒔くのは、やがてできる体ではなく、裸の種粒です。たとえば麦や、そのほかの種です。
15:38しかし神は、望んだとおりにそれに体を与え、それぞれの種に固有の体を与えます。
15:39すべての肉が同じ肉ではありません。人間の肉、家畜の肉、鳥の肉、魚の肉は、それぞれ異なります。
15:40また、天に属する体と地に属する体があります。しかし、天に属するものの栄光と、地に属するものの栄光は異なります。
15:41太陽の栄光、月の栄光、星々の栄光は異なります。星と星の間でも、栄光は異なるからです。
15:42死者の復活も同じです。朽ちる状態のうちに蒔かれ、朽ちない状態のうちに起こされます。
15:43卑しさのうちに蒔かれ、栄光のうちに起こされます。弱さのうちに蒔かれ、力のうちに起こされます。
15:44自然のいのちに属する体として蒔かれ、霊に属する体として起こされます。自然のいのちに属する体があるなら、霊に属する体もあります。55
15:45こうも書かれています。「最初の人アダムは、いのちある者となった。」最後のアダムは、いのちを与える霊となりました。
15:46しかし、先にあるのは霊に属するものではなく、自然のいのちに属するものであり、その後に霊に属するものが来ます。
15:47最初の人は地から出た、土の者です。第二の人は天からの者です。
15:48土の者がそうであるように、土に属する人々もそうです。天に属する者がそうであるように、天に属する人々もそうです。
15:49私たちは土の者の像を帯びてきたように、天に属する者の像をも帯びるでしょう。
15:50兄弟たち、私が言うのは、肉と血は神の国を受け継ぐことができず、朽ちる性質は朽ちない性質を受け継がないということです。
15:51見なさい。私はあなたがたに奥義を語ります。私たちは皆が眠りにつくわけではありませんが、皆、変えられます。
15:52最後のラッパが鳴るとき、一瞬のうちに、まばたきの間にです。ラッパが鳴り、死者は朽ちない者として起こされ、私たちは変えられるからです。
15:53この朽ちるものは朽ちない性質をまとい、この死ぬものは死なない性質をまとわなければならないのです。
15:54この朽ちるものが朽ちない性質をまとい、この死ぬものが死なない性質をまとったとき、書かれている言葉が実現します。「死は勝利にのみ込まれた。」
15:55「死よ、お前の勝利はどこにあるのか。死よ、お前のとげはどこにあるのか。」
15:56死のとげは罪であり、罪の力は律法です。
15:57しかし、私たちの主イエス・キリストを通して、私たちに勝利を与えてくださる神に感謝します。
15:58ですから、私の愛する兄弟たち、堅く立ち、揺らぐことなく、いつも主の働きに豊かに励みなさい。主にあって、あなたがたの労苦が空しくないと知っているのですから。
第16章
16:1聖なる人々のための募金については、私がガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも行いなさい。
16:2週の初めの日ごとに、それぞれ、収入に応じて手元に取り分け、蓄えておきなさい。私が行ってから募金をしなくてよいようにするためです。
16:3私が着いたら、あなたがたが適任と認めた人々を、手紙を持たせて遣わし、あなたがたの恵みの贈り物をエルサレムへ届けさせます。
16:4私も行くのがよいようであれば、その人々は私と共に行くでしょう。
16:5私はマケドニアを通った後、あなたがたのもとへ行きます。マケドニアを通るつもりだからです。
16:6あなたがたのところでは、しばらく滞在し、あるいは冬を越すかもしれません。どこへ行くにしても、あなたがたに送り出してもらうためです。
16:7今は、通りがかりにあなたがたに会うだけにしたくありません。主がお許しになるなら、ある程度の時をあなたがたのもとで過ごしたいと思います。
16:8しかし、五旬祭まではエフェソにとどまります。
16:9私には大きく、実りをもたらす扉が開かれており、敵対する人々も多いからです。
16:10テモテが来たなら、あなたがたのもとで恐れずにいられるよう、気を配ってください。彼も私と同じように、主の働きをしているからです。
16:11ですから、誰も彼を見下してはいけません。平和のうちに送り出して、私のところへ来られるようにしてください。私は兄弟たちと共に、彼を待っています。
16:12兄弟アポロについては、兄弟たちと共にあなたがたのもとへ行くよう、何度も勧めました。しかし、今行く意志はまったくありませんでした。機会が得られれば、行くでしょう。56
16:13目を覚ましていなさい。信仰に堅く立ちなさい。勇敢に振る舞い、強くなりなさい。
16:14あなたがたのすべてのことが、愛のうちに行われるようにしなさい。
16:15兄弟たち、あなたがたに勧めます。ステファナの家の人々がアカイアの初穂であり、聖なる人々への奉仕に自らをささげていることを、あなたがたは知っています。
16:16あなたがたも、そのような人々と、共に働き労苦するすべての人に従ってください。
16:17私はステファナ、フォルトナト、アカイコの到着を喜んでいます。あなたがたの不足を、彼らが補ってくれたからです。57
16:18彼らは私の霊と、あなたがたの霊を休ませてくれました。ですから、そのような人々を認めてください。
16:19アジアの諸教会が、あなたがたに挨拶を送ります。アキラとプリスカが、彼らの家に集まる教会と共に、主にあって心からの挨拶を送ります。
16:20すべての兄弟たちが、あなたがたに挨拶を送ります。聖なる口づけをもって、互いに挨拶しなさい。
16:21私パウロが、自分の手で挨拶を書きます。
16:22主を愛さない者がいるなら、その者は呪われよ。マラナ・タ。58
16:23主イエスの恵みが、あなたがたと共にありますように。
16:24私の愛が、キリスト・イエスにあって、あなたがた全員と共にありますように。
訳注
- 1:2「その人々の主であり、私たちの主でも」は αὐτῶν καὶ ἡμῶν を「主」に結びつけた訳。「どの場所も、彼らと私たちの場所である」と場所に結びつける余地もある。ἐκκλησία は共同体を指し、建物ではない。 ↩
- 1:28「存在しないもの」は τὰ μὴ ὄντα。社会的に何ものでもない人々を指す比喩として読むが、本文は「に等しい」を補わず、前の「見下されているもの」との同格関係を示した。 ↩
- 2:1 採用本文の語は μαρτύριον「証言」。底本ファイルには異読記号があるが、校異装置は参照しておらず、異読の内容は未確認。 ↩
- 2:13 πνευματικοῖς πνευματικὰ συγκρίνοντες を「霊に属することを、霊に属する言葉で説明する」と取った。前の「言葉」を補って πνευματικοῖς を男性複数と読む解釈である。中性なら「霊に属するものによって」、男性で人々を指すなら「霊に属する人々に」とも読める。συγκρίνω の比較・組み合わせ・解釈という幅のうち、説明する働きを採用した。 ↩
- 2:14–15、4:3–4、9:3では同じ動詞 ἀνακρίνω が使われる。本文は霊に属することの「判断」と、人による「審査」を文脈で訳し分けた。霊に属する人が人の判断を受けないという叙述が、使徒を審査する議論へと続く。 ↩
- 2:16、5:13、10:26、15:27、15:33など、引用導入句のない典拠句にも編集上の引用符を付した。引用範囲は訳者の判断を含む。旧約本文・引用典拠との全文照合は未実施。 ↩
- 3:1、3 σάρκινος は肉でできたあり方、σαρκικός は肉に従うあり方を示す読みがある。本文はどちらも「肉に属する」とした。 ↩
- 3:5「彼らを通して」の δι’ ὧν は複数で、アポロとパウロを指す。「それぞれに」は奉仕者への割り当てと読んだが、信じた人々を指す余地もある。 ↩
- 3:9 θεοῦ συνεργοί を、続く「神の畑」「神の建物」と合わせ、神に属して共に働く者と訳した。「神と共に働く者」という結びつけ方も可能。 ↩
- 3:13「火のうちに現れる」の主語は、本文では直前の「かの日」とした。「各人の仕事」を主語とする読みも可能。火自体が試すという強調と、γάρ・ὅτι が示す理由を保持した。 ↩
- 4:3「人間の法廷」は字義的には「人間の日」。裁きの場として読む訳だが、3:13の「かの日」や4:5の主の来臨との対照を含み得る。 ↩
- 4:6「書かれていることを越えない」は原文の簡潔な表現を保持。どの書かれた言葉を特に指すかは、この句だけから確定できない。 ↩
- 5:3–5「肉の滅びのために」は εἰς ὄλεθρον τῆς σαρκός。身体への破局と、罪深いあり方の破壊のいずれに重点を置くかは未確定。その先の目的が「霊が救われるため」である。「判断を下した」の内容を5節の「引き渡す」に結び、4節の「主イエスの名によって」は集会に結びつけた。名によって判断する、または引き渡すと読む結びつけ方も可能。συναχθέντων は受動の分詞。「その霊」は本人の霊と取るが、所有者は原文に明記されない。サタンに引き渡す具体的な処置は、この句だけでは確定できない。 ↩
- 5:11 ἔγραψα はアオリスト。本文は、読み手から見た執筆済みの手紙という書簡的用法と取って「書き送ります」とした。「しかし実際に書いたのは」と、5:9の手紙を説明すると取る読みもある。 ↩
- 6:1–9の ἄδικος・ἀδικέω は同じ語根で、不義な人々と不正を働く行為が関連する。行為の文脈では自然な日本語として「不正」と訳した。 ↩
- 6:4 καθίζετε は命令とも疑問とも取れる。教会で見下されている人々を裁きの席に着かせることへの問いと読んだ。文脈上、教会外の裁き手と解する。「教会で見下されている者たちをさえ裁き手に任命しなさい」という読みも可能。 ↩
- 6:9 μαλακοί は字義的には「柔らかい者たち」。本文は特定の性的役割へ限定せず「柔弱な者」とした。軟弱・放縦を表す読みや、文脈から男性間の性交の受け手とする読みがあるが、具体的な範囲は専門家の追加確認を要する。ἀρσενοκοῖται は「男」と「床」を組み合わせた語で、男と床を共にする者と訳した。古代の行為・役割に関する語を、現代の性的指向・人格の分類と同一視しない。 ↩
- 6:12–13、8:1、10:23の引用符は編集上のもの。共同体で用いられる言い分をパウロが取り上げて応答すると読んだ。原文に現代的な引用符はない。 6:13の、神が食物と腹を無用にするという言明を、言い分の引用に含める読みもある。本文はその前で引用符を閉じた。 ↩
- 6:15 μέλος は体の部分・肢体を指す。「キリストの肢体」はキリストへの身体的な結合を示す比喩として保持した。12章で「部分」と訳した語と同じ。 ↩
- 6:18「どんな罪も体の外に」は、続く性的不品行との対比を保持した。前半を相手の言い分の引用とする余地もあるが、本文では引用範囲を断定していない。性的不品行との対比の射程は、この議論の文脈で読む必要がある。 ↩
- 7:1「女に触れる」は、文脈では性的な交わりを持つこと。コリント側の手紙の言葉を引用すると読んだが、パウロ自身の命題として続ける読みも可能。 ↩
- 7:10–12 主の命令とパウロ自身の指示の区別を保持した。ここで「主ではなく私」とすることは、指示を無価値とする説明ではない。原文はその権威の詳しい関係を説明していない。 ↩
- 7:21 μᾶλλον χρῆσαι は「むしろ用いなさい」で、目的語が省かれている。本文は自由になる機会を用いる読みを採る。εἰ καί を譲歩と取れば、「自由になれるとしても、むしろ今の状態を用いなさい」とも読める。 ↩
- 7:26 ἐνεστῶσαν ἀνάγκην は現にある苦境と読んだ。近づく困難を含む理解も可能だが、具体的な出来事や時期は確定しない。 ↩
- 7:36–38 τὴν παρθένον αὐτοῦ は「自分のおとめ」。本文の〔娘〕は関係の解釈として補った。38節の γαμίζω「嫁がせる」を重く見て、父または保護者による判断と取ったが、婚約者同士として読む可能性もある。ὑπέρακμος は適齢期を過ぎた状態、または性的成熟・欲求が強まった状態に取る余地があり、男性を指す可能性もある。36節末 γαμείτωσαν は能動態・三人称複数の命令で、「二人は結婚しなさい」。父・保護者の読みでは、結婚するのは娘とその相手と解する。〔娘とその相手の〕は、この指示対象の補いである。7:34の「夫のいない女性」と「おとめ」は同じ訳語にまとめなかった。 ↩
- 8:5 前半は条件文、後半の ὥσπερ は「多くの神々、多くの主がいるように」という比較句。偶像と唯一の神との関係を論じる叙述として読む。 ↩
- 8:10「築き上げられ」は、8:1の愛が人を築き上げるという言葉を、危うい促進の意味で反復する皮肉を残した。 ↩
- 9:15 ἤ「よりは」の後で比較対象を言わないまま構文が途切れ、新たな言明に移る。本文は省略点とダッシュでその中断を示した。 ↩
- 9:18 καταχράομαι は十分に用いるという意味にも取れるが、ここでは権利を行使しないことと読んだ。7:31の「利用し尽くさない」とは文脈による訳し分け。 ↩
- 10:9 採用本文は Χριστόν「キリスト」。底本ファイルには異読記号があるが、校異装置は参照しておらず、異読の内容は未確認。10:8の人数は採用本文の二万三千人。 ↩
- 10:29–30の問いは、自由をめぐる反問としてそのまま保持した。別の人の反論を引用すると読むこともできる。前後の勧告は、他者の益のために自由の行使を控える方向に進む。 ↩
- 11:3 κεφαλή「頭」は比喩のまま訳した。権威・起源等のどの側面が中心かを、訳語だけで決めない。ἀνήρ・γυνή は「男・女」と「夫・妻」の両方を表し得る。本文では男女の対比を保持。 ↩
- 11:10 ἐξουσίαν ἔχειν は「権威を持つ」。頭の覆いとの関係、権威の主体、「天使たちのゆえに」の理由は未確定。 ↩
- 11:15 ἀντὶ περιβολαίου は本文では「覆いとして」とした。「覆いの代わりに」とも読める。布の覆いについての実践を、この一語だけでは確定できない。 ↩
- 11:16「そのような習慣」が何を指すかは、句自体では特定されない。争う習慣、あるいは直前の議論に反する実践などの読みがあり、本文は指示語を保持した。 ↩
- 11:29 底本は単に「体」で、「主の」という限定を補わない。食事のパンに示される体と、教会という共同体の体との関係は、10:16–17、11:17–34の文脈で考える必要がある。 ↩
- 11:31 未完了過去による反実仮想は過去・現在の両方の時間関係で訳せる。本文は現在の「見分けているなら、裁かれないでしょう」とした。「見分けていたなら、裁かれなかったでしょう」という読みも可能。 ↩
- 12:1 πνευματικά は霊に属する事柄とも人々とも読める。本文は事柄として「霊に属すること」とした。 ↩
- 12–14章 γλῶσσα は字義的には「舌」「言語」。解釈を伴う特別な発話を「異言」としたが、既知の外国語か通常は理解できない発話かという性質は、訳語だけでは断定しない。13:1、14:21では文脈に従い「言語」とした。 ↩
- 12:31 ζηλοῦτε は命令形と直説法の両方に取れる。本文は命令として読む。13:4では同じ動詞を文脈に従い「ねたむ」と訳した。 ↩
- 13:3 採用本文は καυθήσομαι「焼かれる」。底本ファイルには異読記号があるが、校異装置は参照しておらず、異読の内容は未確認。具体的な死の状況も、この句だけでは確定できない。 ↩
- 13:7 στέγει は覆う、受け止める、耐える等の幅を持つ。最後の ὑπομένει「耐え忍ぶ」との違いを残して「受け止める」と訳した。「すべて」の射程は、愛が不義を喜ばないという6節の言明と共に読む必要がある。 ↩
- 14:1 τὰ πνευματικά は「霊に属するもの」。本文では「賜物」と限定せずに訳した。12:1でも同系統の語が使われる。 ↩
- 14:10–11 φωνή は音声と言語の両面を持つ。γλῶσσα との区別を示すため「音声」とした。 ↩
- 14:12 πνευμάτων は「霊」の複数形。「霊の働き」はその現れと読む解釈上の補い。霊感を受けた発話に関わる複数の霊と読む余地もある。 ↩
- 14:22のしるしと、23–25節で描かれる反応の関係は、直前の引用と共に読む必要がある。本文では「しるし」を良い結果だけに限定せず、原文の対比を保持。 ↩
- 14:31–33 底本は32節から33節前半を括弧で囲む。その括弧を保持し、33節末の「すべての教会におけるように」は、括弧の前にある31節の、皆が学び励まされるという叙述に接続した。次の女性についての勧告に接続する読みもあるが、採用した底本の句読からは区別する。 32節の「預言者たち」は、霊を持つ預言者本人とも、吟味する他の預言者たちとも読める。本文は「自身」という限定を置かない。 ↩
- 14:34–35は採用本文の位置で訳した。11:5が女性の祈り・預言を述べることとの関係や、禁止される「語る」の範囲は、ここでは解決済みとしない。「律法」が指す具体的箇所も確定していない。別の位置への移動や削除は行わない。 ↩
- 14:37 底本は κυρίου ἐστίν「主のものである」で、ここには「命令」という名詞がない。38節は認めない者自身が認められないという受動表現を保持し、その行為者を補っていない。 ↩
- 15:8 ἔκτρωμα は早産・流産などに関わる語で、本文は「時ならず生まれた者」とした。強い自己表現だが、召命の時期や自身の不適格さとの具体的な関係は、この語だけから断定しない。 ↩
- 15:15 κατὰ τοῦ θεοῦ は「神について」と読んだが、「神に逆らって」とする読みもある。神を証言の対象にすることと、復活がない場合に偽証となることの双方に関わる。 ↩
- 15:29「死者のために」は ὑπὲρ τῶν νεκρῶν。洗礼の具体的な実践、誰が誰のために受けるのかは、この節だけでは確定できない。復活をめぐる論証の中で、既にある実践に言及したものと読む。 ↩
- 15:31「日々、死んでいます」は、毎日の危険を述べる強い修辞と読んだ。直前の30節の危険への言及を受ける。 ↩
- 15:32「野獣と戦った」は ἐθηριομάχησα。実際の闘技か、敵対者との戦いの比喩かは未確定。「人間の観点からだけ」は κατὰ ἄνθρωπον の解釈で、地上的な目的による場合と読んだ。 ↩
- 15:44 ψυχικόν と πνευματικόν は、自然のいのちに属するものと霊に属するものの対比。「体」は両方に明記されており、後者を「体のない霊」とは訳さない。 15:45は前半のみを引用符で示し、後半を著者の言明として訳した。後半も「書かれている」の範囲に含める読みがある。旧約本文との語句の対照は未実施。 ↩
- 16:12「今行く意志」は、文脈上アポロの意志と読んだが、原文には所有者が明記されない。神の意志として取る可能性もあり、本文から所有者を断定しない。 ↩
- 16:17「あなたがたの不足」は τὸ ὑμέτερον ὑστέρημα。あなたがたの不在による欠けとも、あなたがたの側から欠けていた交わりや支援とも読める。 ↩
- 16:22 Μαράνα θά はギリシア文字で記されたアラム語の呼びかけ。本訳は音を保持する。底本の区切りからは「私たちの主よ、来てください」と読む。言語学資料による別途の検証は未実施。 ↩
底本・権利・AI利用
底本:Michael W. Holmes編 The Greek New Testament: SBL Edition(SBLGNT、2010年、公式配布v1.2)。Faithlife公式配布、固定コミット c4d241a9c1c479a55b989ba35a4976c1d0b8052c、第一コリント書本文。Copyright 2010 Society of Biblical Literature and Logos Bible Software。底本はCC BY 4.0により提供され、配布元のライセンス・無保証条項が適用されます。
原文ファイルSHA-256:2a706bac29f1e34568bf6862cbc1616471511e9b915d7292adba3e93fb72c946。
本日本語稿は、原語からの独立翻訳、章節の整形、校異参照記号の除去、独自訳注の追加を含みます。原権利者の推奨・公認を示すものではありません。日本語訳・訳注は、権利が成立し公開者に帰属する範囲でCC BY 4.0とします。
草稿作成と自己点検にAIを使用しました。今回、近現代語の第一コリント書既訳は閲覧・入力・照合していません。初稿(34注)についてClaude Code(Opus 5.5)の原典対照校閲を受けました。さらに2026-10-04、同系統モデルで改訂稿(44注)の全437節を再校閲し、2026-10-05にCodexが指摘を原文と照合して選別反映しました。同系統のAIによる反復確認であり、独立した人間の第三者校閲ではありません。人間の専門家による校閲、体系的な表現類似監査は未実施です。古代の奴隷制、性別、性的行為に関する記述や論争的表現を含みます。翻訳はその支持を意味しません。2026-10-04作成、2026-10-05再校閲反映の改訂稿です。